不動産フォーラム21
苦戦出版市場でも絵本ブームは静かに進行。
若い知人に「どんな本を読んでいるの?」と聞くと多くの人から「本は読みません」と答えが返ってきます。本当に読書を好む人口が減ってきたと痛感するこの頃ですが、2022年の出版市場規模は1兆6,305億円(前年比2.6%減)で、特に電子出版の7.5%増に対し紙の市場は6.5%減となており、物価高やレジャー回帰などの動向が出版市場に影響を与えています。
減少傾向の紙の市場では数年前より児童書や絵本市場が微妙な増加傾向にあり、出版業界における光明と評価されています。コロナ禍でおうち時間が生まれ親子コミュニケーションが密になった時期ですから絵本マーケットが拡大したことはうなずけますし、何といっても児童書や絵本の世界は電子ではなく紙のページをめくりながら読み手(大人)と聞き手(子供)が想像を膨らますステージが魅力となり、新刊もさることながら祖父母の代から親しまれている世界の定番的絵本も人気が絶えることがありません。
●ある日の絵本コーナー
近頃、新ファミリー層(30代~40代)の高い増加率で注目を集めているつくばエクスプレス(秋葉原~つくば79万人/一日乗降)の柏の葉キャンパス駅近くのTSUTAYA(2017年open)は全国でもトップクラスとなる3万冊もの児童書や絵本がそろえられ、キッズフレンドリーな本屋として地域の人気スポットです。
平日の日中はママと子供がのんびり訪れ、自由に使えるベンチやフリースペースで読み聞かせをする姿を見かけます。土曜の午前中はパパが子供を連れて散歩がてらTSUTAYAに来るイクメン客がけっこういます。日曜ともなると店内はかなりの混雑となり、キッズコーナーのある2階席のベンチも読書する大人や子供でいっぱいです。ハウス型のソファに陣取る女の子2人。なかなか居心地よさそうに熱心に本を読んでいます。店内には「わかわば広場」という靴を脱いで利用できるラウンジもあり、店内購入の飲食物の持ち込みもOKという親切スペースなので、ご近所のキッズ連れにとっては様々な絵本や児童書を見ることや買うことができ、くつろげるリビングのような空間として人気。ここを経験して大人になるキッズは絶対読書好きになるはずだ‼と予感させるgood zoneです。
●絵本売上好調の別要因
絵本の好調要因には、前述のように専門書店や専門コーナーが増えていたり、全国には絵本だけを扱う私設図書館が生まれ、そこで読み聞かせや絵本作家のイベントや親子ブックフェアが開催されたりと、コロナ前まで積極的なアプローチが展開されていました。これが今春ごろから再開傾向になっています。
またお笑いタレントの西野亮廣さんの『えんとつ町のプペル』がベストセラーに。広告美術クリエイターのヨシタケシンスケさんが書いた絵本など、従来の絵本作家ではない異業種クリエイターの参入による絵本世界の広がりが注目を集めています。
さらに、絵本といえば「子供の寝かしつけ」が連想されますが、“たった10分で子供が寝落ちする本”をうたい文句にする寝かしつけ道具としての新領域を開発する出版社も登場しています。
加えて、安らぎを求める大人層にも絵本ブームは広がり、絵本の大人市場が拡大しています。大人になって改めて絵本を開くと新しい視点が持て感動したとか、言葉が心に染みたという読者が増え、ネットや店頭には大人絵本ランキングが発表され、大人同士のギフトとして活用される市場が形成されているほどです。中には長く続く大人の絵本読書会の全国ネットワークもあるほど絵本の世界の奥深さは広がっています。
出版市場動向では年々厳しさを増す本の世界ですが、絵本ブームが一翼を担ってくれて、店頭で本を手にとって選ぶ楽しさ、良い本と出合う喜び、紙のページをめくるごとの感動を忘れたくないものだと思います。今週末は本屋に行きゆっくり過ごしてみることにいたしましょう。
(記:島村 美由紀/不動産フォーラム21 2023年6月号掲載)