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2020.11.18

日経MJ

突き出た埠頭 地域に回遊性 -横浜ハンマーヘッド、港町の発展一望-

 

 1989年に開催、1,330万人を動員した「横浜博覧会」以降、進化を続けてきたウォーターフロント。それから約30年間、多様な施設が次々に誕生し街が栄える。その中でも異彩を放ち、新しいハブとなるのが客船ターミナルを併設し、今秋に開業1周年を迎えた「横浜ハンマーヘッド」だ。

 
 

ビールやチョコの工場機能持つ店舗

 コンセプトは「ヨコハマ ウミエキ」。客船ターミナルと商業ゾーン(25店舗とFM局)、インターコンチネンタル横浜Pier8(173室)で構成された複合施設で、海や空、街から人と文化と街の発展をつなぐ拠点として2019年10月末にオープンした。

 

 横浜ハンマーヘッドの存在を最も特徴付けるのは、三方が海に囲まれた希少な立地で、前面には美しい横浜港、背後には開発が進むみなとみらい地区の摩天楼が一望できるダイナミックな景観だ。

  

 施設は「THE FACTORY」をデザインコンセプトに表現された。高さ制限が20mのため、1~2階の商業施設は天井をスケルトンにして高さを保ち、コスト重視から床をモルタル仕上げとした。一見するとチープになりがちだが、「(制限がある)前提条件を上手に生かし、港にある倉庫をリノベーションしたかのような空間にすることで、人を楽しませるデザインにした」と設計したリックデザイン(東京・渋谷)の松本照久社長は語る。

 

 その言葉通り、全体はプレーンだが床や壁面に船旅やみなとみらいの街を描いた雰囲気あるグラフィック(宮崎信恵・知恵作)が展開され、来場者の目を楽しませる。照明もファクトリー風にアルミシェードのペンダントライトが連なり、スケルトン天井のアクセントになっている。こんな細かな工夫の積み重ねが、空間を楽しげでセンスの良いステージに変えている。

 

 「THE FACTORY」のコンセプトは店舗構成にも生かされている。入居テナントは「出来たて・作りたて」をテーマにした体験型店舗で構成し、25店中5店が工場機能を持つ。なかには横浜の名店も軒を連ねており、ビール醸造・コーヒー焙煎・ジン蒸留・チョコレート製造・キャラメル製造など窓越しに工場内部が見られ、出来たてを併設カフェやレストランで飲食できる。

 

 5階建ての建物はH型鋼を縦横に配したシンプルな重層デザインだ。この建築は極めて「ニュートラルな存在」のため、ホテルや商業施設には見えない。外観から中身を想像させない存在だからこそ、客船ターミナル、商業施設、ラグジュアリーホテルという異なる機能を等しく包み込むことができ、かつ海に向かって品格あるモダンな表情をつくりあげている。

 

 今年8月には隣接地にハンマーヘッドパークが開園した。2階から突き出したデッキが館と公園をつないでいる。公園には施設名称の由来となる産業遺産で建築から100年以上の「ハンマーヘッドクレーン」が地域の象徴としてそびえ立ち、エリアの要となっている。

 
 

エリアににぎわい 観光都市厚み増す

 横浜ハンマーヘッドは横浜市と民間企業による官民共同プロジェクトだ。市が所有する埠頭の敷地を民間に定期借地で貸し出し、民間が施設をつくった。市は客船ターミナル部分を利用し、施設全体は民間が管理運営するという仕組みだ。2017年に事業者のコンペが開催され、地元企業6社を含む7社からなるコンソーシアムが選出。その後、新港ふ頭客船ターミナル(横浜市)が設立された。

 

 「もっとも厳しかったのが2019年秋開催のラグビーワールドカップに間に合わせるための工事期間で、市を含めメンバー全員が週1ペースで検討を重ねた。地元企業だからこそ関係者間の調整と迅速な意思決定がなされた。地元愛のたまものだ」と同社営業推進グループリーダーの古川佑作氏は言う。横浜市もプロジェクトへの理解が深く、公園と施設で使用する建材などを統一することで横浜ハンマーヘッドエリアのトータルデザインが生み出された。

 

 横浜ハンマーヘッドは地域住民と、みなとみらいのオフィスワーカーを中心に集客している。朝夕は地域住民のジョギングコース。昼間は横浜市民が連れだって景観とランチを楽しみに、夜はオフィスワーカーが夜景とアルコールを楽しみに来館する。週末は関東一円から日帰り観光の地として、カップルや家族連れが来館し、にぎやかだ。

 

 このエリアには、もともと横浜赤レンガ倉庫やカップヌードルミュージアム横浜などが点在するが、横浜ハンマーヘッド開業後の1年間で施設間を回遊する人々が増加し、ウォーターフロントのにぎわいは厚みを増した。横浜市は観光都市として湾岸エリア開発をさらに推進しており、今後は女神橋開通、ロープウエー計画、エリアを結ぶ歩行者デッキの新設など計画が目白押しだ。

 

 今月からはコロナ禍で運航をやめていたクルーズ船も横浜港に寄港した。横浜ハンマーヘッドは海に、街に向かうターミナルとして、その存在感を高めようとしている。

 
 
(記:島村 美由紀/日経MJ「デザイン面」 2020年(令和2年)11月18日(水)掲載)