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2018.11.28

日経MJ

渋谷の「B面」に新潮流 -渋谷ストリーム、川巻き込むデザイン-

 

 国道246号を渋谷駅に向かうと白いランダムパネルのビルが現れる。まるでビルがリズムをとっているかに見える軽妙な印象だ。東横線跡地に9月に開業した複合施設「渋谷ストリーム」は再生した渋谷川を巻き込んだデザインで、渋谷の“B面”に新たな潮流を生み出そうとしている。

 

 渋谷ストリームには3つの流れを感じる。1つは「アーバンコア」と名付けた雲型のガラス張り大空間だ。渋谷の地下には交通機関のネットワークが張り巡らされ、その延長として地上2階まで吹き抜けた空間がある。塞がれた地下から空を感じる開放空間へと動線がつながり、人々を受け入れるゲートになっている。
 2つめは「貫通道路」と呼ぶ2階の通路。国道246号線をまたぐデッキを経てビルを貫き、渋谷駅と代官山をつなぐ。路面感覚で14店の飲食店が軒を連ね、カフェやそば店、バールなど気軽に寄れる店が並ぶ。早朝から深夜まで営業時間は業態ごとに異なり、便利な商店街のようだ。
 貫通道路には駅の記憶が隠されている。東急線で使用したレールをデザインとして床に埋め込み、東横線渋谷駅のかつてのホームの様子を壁に描いた。
 3つめは官民連携による渋谷川の再生で、600mに及ぶ水辺の遊歩道作り出した。さらに稲荷橋広場と金王橋広場を設け、人だまりを創りだした。広場の間には遊歩道に沿って5つの飲食店もある。渋谷川は忘れられた存在だったが、今回の開発で新たな人の流れと情趣ある風景を生み出した。

 

クリエイティブワーカーの聖地

 渋谷ストリームのコンセプトは「クリエイティブワーカーの聖地」だ。総支配人の田中利行さんは「クリエイターは0から1を生む。クリエイティブワーカーはクリエイターを束ねプラットホームをつくり、1を10にする流れをつくる」と話す。
 渋谷区はファッションやデザイン、音楽、映像などコンテンツ企業が多く集まる。こうした企業が渋谷に生まれ、成功し、拠点として発信を続けることが地域の発展になるとして、居心地のよい環境づくりを目的にビルを開発した。2019年にはグーグルの日本法人本社が入居する。まさにビッグなクリエイティブワーカー集団である。
 中階層の渋谷ストリームエクセルホテル東急(177室)の室内にも工夫がある。あえてクローゼットの扉をなくし、おしゃれな宿泊客が着る服がインテリアの一部のように見られるようにした。ロビーやラウンジもニューヨーク風ビンテージモダンで感度の高い印象だ。
 渋谷ストリームには1・2階の飲食店に加え、3階にもゆったり食事ができる9店のレストラン街がある。感度の高い働き手に好まれるようにと、日本初上陸の「チリンギート エスクリバ」や日本料理店の新業態「圓(まる)弁柄」など個性派を集めた。約30の店はテナントビルに入居した経験があまりないだけに誘致に苦労したという。
 特徴ある店をそろえ開業以来にぎわいが続く。総支配人の田中さんは「渋谷のB面と言われ人通りのない場所だったのでお客さまが来るか不安だったがうれしい誤算だ。流れを作ると人は動いてくる」とホッとした表情をみせる。

 

人の動き合わせ建物考える建築

 渋谷ストリームの建築デザインには学校建築で知られるシーラカンスアンドアソシエイツ(東京・渋谷)が参画した。ビルの内部のエスカレーターやエレベーターには黄色を大胆に配した。来館者は目に飛び込む黄色に好感を持ち、自然に足を進める気分となりやすい。
 パートナーを務めていた小嶋一浩さんは生前、「この建築にはイエローが合う」と周囲を説得して回ったという。開発側が施設ロゴマークを別に決めるとき、コミュニケーションを意味する黄色と若々しさを表す青緑色を合わせた独特の黄色を採用。偶然にも建築と一致し、施設のアイデンティティーにつながった。
 屋外では稲荷橋広場が待合せ場所に使われ、古いビルの背が見える渋谷川の景色を訪日客がSNS(交流サイト)にアップする。川沿いの整備という小さな景色づくりも人に愛されるポイントとなる。

 

 東京急行電鉄が進める8つの計画からなる「グレーター渋谷構想」も後半となり、これからさらに4つの計画が実現へと向かう。大きな変化、小さな変化ともに渋谷の宝を生み出すよう期待したい。

 

 

(記:島村 美由紀/日経MJ「デザイン面」 2018年(平成30年)11月28日(水)掲載)
<写真提供:渋谷ストリーム>