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2014.08.01

不動産フォーラム21

東京らしい新景観を増やそう

 

東京はお台場、NYはパンナンムビル?都市の代表景観

 長崎在住の20歳女性が東京の写メを送ってくれと言ってきました。どこがいいか聞くと、「レインボーブリッジ、お台場、スカイツリー」とのこと。どこも東京在住者はあまり行かないところなのでわざわざ写メを撮りに出かけるのは面倒くさいと思っていると、「エッ!?東京の人っていつもお台場やスカイツリーに遊びに行っているのではないのですか?」との発言。「いやいや、そんなに身近な存在ではないですよ。なんせ東京は広いですからね。」と話すと怪訝な顔をされました。

 “地方の人にとって東京らしい新しい景観とはどこか”と考えてみると、たしかに長崎女性のあげたレインボーブリッジ、お台場、スカイツリーなのかもしれません。いつだったかお台場の市場調査を行ったときに、街の人々にインタビューをしたら「テレビで見ていた東京をたしかめに来た」「東京らしい場所で記念写真を撮りに」といったお台場来訪の目的があげられたことを思い出しました。テレビやガイドブックやネットで“東京の景色”として紹介する露出先は、都市イメージ形成に大きな影響を与えるものだと感じます。

 

 私が頻繁に行くニューヨークでは、タイムズスクエアや五番街、セントラルパークといったところが街の代表的景色でしょうか。実は私の好み景観はパークアベニュー45丁目に君臨するメットライフビル(旧パンナムビル)で、このビルを見るたびに「またニューヨークに来た!!」と実感しています。1970年代、私がニューヨークに憧れて旅行を計画していた頃、PAN AMが世界の航空業界をリードしていてこのビルがその象徴だったので、ガイドブックやニューヨーク紹介にはPAN AMのロゴと地球儀のマークが遠目からもはっきり見えるこの59階建て(1963年竣工当時は世界一の高層ビルだったらしい)ビルが掲載されていました。ビルの立派さもさることながら私の目を釘付けにしたのは、巨大ビルの足元を道路(パークベニュー)が貫通しているのです。「さすが米国、ビルに道路が貫きぬけてる!」と仰天しました。その後、ビルに道路が貫通しているわけではなくビル脇を迂回していることがわかったり、パンナムの経営悪化により1980年代に生保会社にビルが売却されメットライフビルに変わったことなどありますが、今でも車でこのビルを通り抜けるたびに「ニューヨークへ来た」を実感する私の都市体験になっています。

 

 前置きが長くなりましたが、東京らしい景色、etc.・・・人はそれぞれの体験から都市のイメージをつくり上げていくものですが、逆に都市側がその街らしさを考慮して個性的価値を創造しているか、と考えてみるとまだまだ仕掛ける側の努力が不足しているかもしれません。

 

東京にも道路貫通ビルが生まれた

 今年6月ニューヨークパンナムビルのような道路貫通ビルが東京の虎ノ門に竣工しました。このビルは地下5階・地上52階建ての247m(東京ミッドタウンに次ぐ東京で2番目の高さ)で、オフィス、住宅、ホテル、店舗、カンファレンス施設が入居する「虎ノ門ヒルズ」です。この美しい高層ビルの1階部分を、1946年に都市計画決定をした「幻のマッカーサー道路」と呼ばれる環状二号線が貫いているのです。この見え方がもしかしたら東京版パンナムビルになるのでは、と数年前から私は注目していました。

 通常、道路区域は道路を作る地表面だけではなく、その上空や地下空間も道路区域となるため、道路の上下空間に建物等を建築することは認められていません。1989年、都市利用の合理性を図る目的で道路と建物等の一体的整備を認めた“立体道路制度”が制定され、道路の上下の空間を道路区域とせずに建物を建築することが可能な制度が生まれ、この虎ノ門ヒルズ計画に結び付いたわけです。

 さて、環状二号線道路と超高層ビルの一体整備という都市新名所誕生の可能性として、極めて興味深い東京の出来事に期待を持って見学に行ったのですが、新名所になるには残念ながらもう一歩というとこでしょうか、ダイナミックな景観を期待していた私はやや肩すかしをくらった感がありました。

 新橋方面から赤坂に向かうトンネルの入り口はビルの一街区手前にあり、貫きぬけ感はまったくない。さらに逆の赤坂からのトンネル入り口はビルに近いもののビルを真正面にとらえるのではなく左斜めにビルの側面を見ながらトンネルに入りそのトンネルのファサードが従来型の何のデザインも施されていないトンネルの口。せっかくの東京新名所誕生の可能性を秘めた大開発だったので、何か街の人の目を、心を楽しませる創意工夫がビルオーナーも道路設置者もできなかったものかと感じました。

 2020年のオリンピックイヤーを控えて東京自慢をひとつ増やしたかったのに残念ですが、虎ノ門ヒルズの緑のテラスの植物が成長して森のようになり、都会の真ん中のオアシスとして街の人も車の人もなごませてくれることに期待しましょう。

 

ここから始まる東京シャンゼリゼプロジェクト

 この虎ノ門開発でもうひとつ注目をしていた仕掛けに「東京シャンゼリゼプロジェクト」があります。舛添要一知事が就任直後に「東京をパリのシャンゼリゼのようなカフェや花屋がストリートを飾るにぎわいのある街にしよう」という考えを表明し命名した計画です。

 東京道路局によると、プロジェクトの対象は道路で、歩道にテーブルやいすを置いても残りの幅員が3.5m以上を確保できる都の歩道では、カフェやクレープ屋のような飲食店や商品販売、自転車レンタルのようなサービス業態も営業を可能とし、関係する団体や機関で構成される「道路空間活用検討委員会」において協議され合意できれば許可が得られるというシステムで、街ににぎわいを生み東京を活性化させようという舛添知事の思いが力強く反映された計画です。

 この第1号がこの虎ノ門ヒルズの足元の2ヶ所で、6月からスタートしています。見学に行った当日はお天気もいまひとつだったため、せっかくのストリートテラスでお茶をする人の姿は一切なくちょっとさみしい風景でした。また周辺がまだまだ古いむかしの虎ノ門の街並みなのでカフェとしてはやや落ち着きの悪い感じが否めませんが、カフェの利用客が増え町の景色に自然と溶け込んできたら、おそらく周辺にも類似の店やレストランが増えて、にぎわいの好ましい感じが生まれるのではないかと思います。

 このプロジェクトが上手くいくと東京のみならず大阪や名古屋や福岡など、他都市にも普及していく可能性は高いので、ぜひともお手本になる“シャンゼリゼ”が虎ノ門から始まることを祈りました。

 

 ”街は一日にしてならず”なので、虎ノ門開発はスタートを切ったばかりで、これから時間をかけて見直され、形作られていくのだと思います。6年後オリンピックイヤーには多くの外国から、地方からお客様を迎えることになる東京ですから、来訪者の心に残る”東京らしい個性ある景観”を仕掛ける側の創意工夫のもとに生み出していきたいものです。

 

 

(記:島村 美由紀/不動産フォーラム21 2014年8月号掲載)