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2021.12.22

日経MJ

和光と銀座 新たな時刻む -進化する本館、明るく開放的に-

  

 日本を代表する小売店であり、ランドマークとして有名なショーウィンドーを持つ東京・銀座の和光本館が2020年8月にリニューアルした。「進化」をコンセプトにかかげ、新時代のラグジュアリーを商品構成と空間で表現し、街との関係性に新たな提案を加えた試みが興味深い。

 
 

入店しやすく、専門性も追求

 店内は洗練されたエレガントなたたずまいながらある種の明るさとやわらぎ感を持って人々を迎え入れる雰囲気がつくられている。何かが主張しどこかが突出しているわけではなく空間全体のバランスが整い、歴史ある「和光」の新しい姿が来店客を歓待している様子が伝わってくる。

 

 以前の和光は違っていた。1階には多少の暗さと重さがあり、銀座の有名小売店の貫禄が敷居の高さとなり入店のしづらさをつくっていたが、そのマイナスをリニューアルにより一変させたプロジェクトとなっている。

 

 今回のリニューアルが成功した最大の要因は、以前低層階で扱っていたバッグや革小物類、衣料品を3階・4階に集約しブライダルジュエリーを別館に移すことで、1階をウオッチスクエア、2階をグランドセイコーブティックフラッグシップとクレドールサロン、ジュエリースクエアとして売り場の再構築による時計と高級ジュエリーに特化した専門性を明確にしたことであろう。

  

 インテリアにおいて特筆すべきは柱を演出するタイルと曲面で構成された木目のショーケースに使われたマテリアルだ。タイルは美濃焼の窯元に3種の反りと3種の色を組み合わせたタイルを特別注文し、店内で色と反りの角度を検討しながら1枚ずつを配置する長時間の根気作業となった。

 

 その成果で1階・2階の4柱はタイルへの光の当たり方や見える角度により柱の表情が変わる有機的な店内のオブジェ的存在になっている。1階のショーケースに使われた突板は原産地メキシコの「ジリコーテ」という希少種木材の個性的な木目を生かし、木を薄くスライスした突板として基材にはりつける技術が施された。

 

 さらに円形や長いカーブを多用したガラスケースは、フレームがなくガラスだけの構造物として自立させるために精度が求められた什器(じゅうき)となった。どちらも工業製品ではなく、何人もの知恵と技の手間をかけたこだわりのマテリアルの結晶となり空間に高いクオリティーを与えている。それを眺めているとタイルや木目の変化が「時の移ろい=時計」を表現しているというデザイン意図に気づかされる。

 

 アートディレクター・ディスプレイデザイナーとして今回のリニューアルプロジェクトを担当した和光企画部デザインG部長の武蔵淳氏は「リニューアルコンセプトの“進化”を考え、街との関係を変えることを意識した。その表れとして1階のショーウィンドーの店内側の壁を取り払い街から店内が、店内から銀座の街が見えるシースルーウィンドーを実現した」と語る。

 

 現在の和光は1932年竣工で渡辺仁氏設計によるネオルネサンス様式の建築物で、外観や階段室などは当時のままの美しさを誇っている。特に中央通りと晴海通りの角地に直角ではなくカーブを描いた建物は人々の往来をスムーズにする発想で銀座の交差点とショーウィンドーが世界的に有名なランドマークとする基となった。

 

 今回のリニューアルではさらに街に開かれた店としてショーウィンドーをシースルーに開放することで入店のしやすさや街へのにぎわいの滲み出しを計画し、銀座の新時代の店のあり方を提案している。「視線が交差し店内に外光をもたらすシースルーウィンドーや店内の円形や曲線ケースの配置により街からの入店や店内回遊性を生むことで、外国人や若年世代へのアプローチも図っていきたい」と武蔵氏は語る。

 

 140年以上の歴史あるセイコーホールディングスの創業の地・銀座にある和光本館ではセイコーウオッチの国内随一の品ぞろえがあり、国内外14ブランドを同時に比較購入することができる。リニューアルでは2階に「グランドセイコーブティックフラッグシップ和光」というグランドセイコー愛好者のための空間を特別にしつらえた。

 

 ライブラリーには60年に発売された初代モデル等ヒストリカルモデルが約20点並び、ウオッチバーカウンターではグランドセイコーのオリジナルモデルが注文でき、柱回りのケースには18金素材や限定品、高価格帯モデル30~40点の展示など、ライブラリー、リビング、ラウンジ、バー等に見立てられた空間でスペシャリティーを堪能できる時計マニア垂涎(すいぜん)の場が用意されている。

 

 この空間でも特注タイルで演出された4本柱とインデックス(時計の文字盤上に刻をあらわす目盛り)をデザイン化したゆがみガラスのパーテーション等、手間をかけたこだわりマテリアルによるソフィスケイトインテリアがお客様を迎えている。

 

 「どんな時代でも私たちが思うラグジュアリーとは本物の上質さを表す事であり、“和光”は穏やかに光ることでこれからも進化し続けていく」と武蔵氏は言う。和光がおもてなし空間として銀座を訪れる人々にどんな時の提供をしていくのか期待したい。

 
 
(記:島村 美由紀/日経MJ「デザイン面」 2021年(令和3年)12月22日(水)掲載)