MAGAZINE

2025.06.10

販売士

一生のこるリュクスな体験

 
 

●ラグジュアリーの狭き門
 この数年、銀座は世界中からラグジュアリーブランド集積地として注目され、日本人も外国人にも大人気で有名ラグジュアリーブランドのショッピング名所として活気付いています。特に為替差により憧れのブランド品を買いやすくなっているインバウンドの銀座詣でエリアは熱気を帯びるほどです。

 
 

 そんなある日のラグジュアリーショップで体験をした出来事をお話いたします。銀座通り中央にある大型商業施設の2階に宝飾店Bブランドがあり修理に出していた品を取りに行きました。

 

 店舗正面の観音開きの扉は片側が閉じられ、開かれた側の扉前にはバインダーを持った男性が立っています。店に入ろうとする私にその人は「ご予約ですか?」と声を掛けてきます。私は「はい」と答えて入り、左サイドにある接客用ソファまで勝手に進みました。

 

 するとその人は私を追いかけてきて脇から「ご予約ですか?」とまた言ってきます。私はムッとして「失礼ね。用事があるから来たのよ」と言い修理伝票を女性スタッフに渡しました。その瞬間、その男性は無言で場を離れ扉前のチェックマンに戻っていきました。その後、修理品の確認やら小物の買物やらで30分程度ソファに座っていた私の前をその男性は交代する仲間と笑顔で言葉を交わしながら通り過ぎていきました。

 

 世界に名だたるラグジュアリーブランドが扉を半分閉じ、入店する客に「いらっしゃいませ」の挨拶もスマイルもなく「何しに来たのか、予約客以外は入店まかりならぬ」の勢いでディフェンスしています。「ちょっと見るだけ」「通りがかりに」などはもってのほかです。昔は“銀ブラ”という言葉があり銀座でウィンドウショッピングが楽しめたものですがそれは遠い過去のお話になってしまいました。

 

 私に問題があるとしたら当日は雪模様の悪天候だったので厚底ブーツにカーゴパンツ・防寒アウターというカジュアルな出で立ちではありましたが…

 

 Bブランドは人気店ですから次から次に入店客がいてチェックマンはバインダーで予約客を確認しています。確かに客は皆おしゃれな家族連れやカップルばかり。私は怪しい客だったのでしょうが接客を受け買物をする私の姿を確認できれば通りがかりの交代時に「先ほどは失礼しました」の一言があってもよさそうな気がします。扉はウェルカムマインド「ようこそお越しを!」ではなく防御の役割になってしまった今のB店が残念でなりません。

 
 

●一生の思い出リュクスな体験
 ラグジュアリーは物質的な贅沢さを表す言葉に対し、リュクスは本物志向や付加価値を含む豊かさがあるという意味の違いがあるそうです。

 

 さて話を銀座の雪の日に戻しましょう。私に対応してくれた女性スタッフと話がはずみ、忘れられないCブランド店での体験を紹介しました。憧れのCブランド時計を初めて購入した時のむかしのエピソードです。

 

 “憧れの品を買うならニューヨークで”と固い決意の下、ニューヨークのC店のドアをくぐりました。午前中のためか店内はひっそりしていて私の緊張はピークに達していました。

 

 ガラスケースを覗きお目当ての時計を発見。「これをください」と店員に言うとその人は一瞬私を見つめケースから品を取り出して私を2階の個室に案内しました。そこで商品確認や代金の支払い等をしましたが、部屋のインテリアがCブランドカラーで統一されてあまりの特別感に圧倒されるばかり。その店員は商品をショルダーバッグに仕舞うよう私に言い、大柄なドアマンに私を見送るように指示を出しました。

 

 ドアマンは1ブロック先の交差点まで私をフォローしてくれたのです。小柄な若いアジア女性が一人で分不相応な買物をしたのですから、当時は危険だったニューヨークでは店の方々が不安に感じ私に配慮をしてくれたのだと思います。今でもこの時の時計を大切にしていますし、今では信じられない余裕のある時代にリュクスな体験をさせてもらえたCブランドへは信頼感は深まっています。

 

 こんな話を女性スタッフにしたら何とその人は目を潤ませながら聞き入ってくれ「素敵なご体験でしたね。そういうことが出来る店も人も素晴らしい」と言ってくれました。本当にその通りで私のおしゃべりに何かを感じてくれたこのスタッフも素晴らしい感性を持っている人だと思いました。

 

 買物の場としての実店舗のあり方は多様な楽しませ方があると思いますが、店の基本は「いらっしゃいませ」の笑顔の“ウェルカムマインド”がスタートであり、商品を通し接客する人を通して伝える“良い価値”ではないでしょうか。私の忘れられないリュクスな買物体験でした。

 
 

●客層変化でも揺るがぬ接客を
 為替の変化で3月には百貨店の売上は3年強ぶりに前年割れとなり訪日外国人の消費は買い控え傾向にあります。東京・大阪の商業エリアではたしかにインバウンドの買物テンションは低くなったように感じます。逆に円高で海外に出にくくなった日本人が国内旅行や高額品等の消費を増やしています。

 

 どの店でも客が増え多忙になると雑な接客になりがちですが、世界に名だたるラグジュアリーブランドはどんな時にも誰にも“さすが‼”と思わせる店格を示す揺るがぬ接客を示してほしいものです。

 
 

(記:島村 美由紀/販売士 第57号(令和7年6月10日発行)女性視点の店づくり㊷掲載掲載)