日経MJ
レガシー受け継ぎ3世代招客-名古屋・栄の新「中日ビル」-
名古屋の中心部・栄に新たなランドマークとして今年4月に誕生した地下5階、地上33階、延べ床面積約117,000㎡「中日ビル」。商業施設、ホテル、オフィス、ホールで構成されるこのビルは、1966年に開業した中部日本ビルディングの建て替えプロジェクトだ。半世紀にわたって地元に親しまれた旧ビルのレガシーを引き継ぐ工夫が、訪れる人々の心を捉える。
1階には開放型店舗 街と一体化
2019年に閉館した旧ビルは、歌舞伎やミュージカルを上演した中日劇場や結婚式場、屋上の回転レストランやビアガーデン、文化センターや全国物産観光センターなど、多様な機能を持ち栄の人々のハレや日常のドラマを生んだ場であった。地元に愛されたビルだからこそ、新たな中日ビルには旧ビルの哲学が受け継がれる。
引き継いだレガシーのひとつは外観デザインだ。7階まで旧ビルの意匠エッセンスを踏襲した。軒高も久屋大通公園沿いのビル群に沿わせ、景観に配慮。33階までの上層部は縦横の白い格子状のデザインとしモダンでスマートな高層タワーとなっている。
もう一つのレガシーは7階の屋上広場だ。旧ビルには「屋上ビアガーデン」があったが、新たなビルでも空中広場を作った。全国の展望スペースを見て歩いたという中部日本ビルディングの西山雄一朗営業グループ長は「展望台ではなく憩いの広場にすること、遠い景色の眺望ではなく公園の緑と街の動きを身近に楽しませることが重要」との考えに至った。
水盤や外縁を水で覆い水が空と混じり合う“インフィニティプール”の手法に着目し空間を演出した。7階の屋上広場に行くと、芝とウッドデッキのシンプルな空間が、その先の栄の街並みに溶け混み境目が見えない。端まで近付くとそこには階段があり、下った先がガラスの柵になっている。屋上にいる人たちは芝に寝転んだり、階段に座ったり。公園のように屋上を使い、楽しむヒューマンスケールの寛ぎの場が生まれている。
商業ゾーンは地下1階から4階で63店舗の物販や飲食店がある。「SAKAE ME+ING」としたコンセプトは、常に変わり続ける私たちが出会い集う場所を意味している。名古屋といえば駅前に商業施設が集積し、栄にはパルコや、中日ビルに隣接して三越、松坂屋、ラシックがあり、地下街も発達する商業の超激戦区。そこに新たな商業ステージを創るのは難題であったはずだ。
地下1階はマルシェフロアで日常利用の食品販売や手軽な飲食店、1階はこだわりのあうライフスタイルを演出する専門店。2階は文化を切り口にした大人の好奇心を満たす本や陶器の店舗群、3階は幅広いニーズに対応する栄で最大級のレストランゾーンとした。一般的なアパレルやコスメ、雑貨店などは近隣の百貨店に任せ、生活に彩りを添える“余白のMD”で構成されていて興味深い。
特に25店舗のレストラン集積が最も来観客にうけているという。地下1階に手軽に利用できる8店舗を集めた「めし小路」、3階には5店舗で構成され、アルコールが楽しめる「SAKAE FAN SQUARE」というフードホールを設けた。プロ野球のシーズン中は中日ドラゴンズの応援拠点ともなっている。
3階はこのカジュアルなフードホールからそばや天ぷらの専門店ゾーンに移り、吹き抜け周辺には会食にも使えるアッパークラスのうなぎや中華店というグラデーションがフロアの中で計画されており、TPOに合わせてお客様が使い分けられている様子がよくわかる。
旧ビル時代は7割が地下道から続く地下1階からの入館だったが、新ビルは5割以上が1階の街からの入館になったという。「近隣の百貨店と中日ビルを行き交う人も多く、栄の人流が変わった」(西山氏)。
それもそのはず、旧ビルでは銀行や郵便局だった1階を、新ビルでは久屋大通公園に向かって路面店のようにした。スイーツ店やブティックを開放型に配置し街と一体化した館づくりになっている。
今後は昔を懐かしむ50代以上の集客から三世代や親子で遊びに来てもらえる「楽しめる館」づくりで若返らせ、栄を盛り上げていくことを課題としているそうだ。大通りの向かいには2026年夏開業の地上41階建ての高層タワーの建設工事が着々と進行している。賑やかになった名古屋駅前を巻き返すべく、栄のビッグバンが始まっている。
(記:島村 美由紀/日経MJ「デザイン面」 2024年(令和6年)11月27日(水)掲載)