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2019.05.29

日経MJ

フードホールに「路地」感 -京都タワー地下をアップデート-

 

 京都駅前にそびえ立つ京都タワー。昭和の時代から50年以上も街のシンボルとして親しまれてきた。市民なら見慣れたそのタワーが昨年春から、何やらにぎやかだ。下層部分が商業施設「京都タワーサンド」という名所に変わり、観光客のみならず街の人々も集めているのだ。

 
 

見通し悪く暗め わきたつ好奇心

 1964年に完成した京都タワーは当時の京都市の人口131万人にちなんで高さ131mと今でも京都一高い建物だ。開業当初は展望台に上ろうと連日長蛇の列ができたが、近年は忘れられた存在になっていた。運営する京阪ホールディングス(HD)は危機感を抱き、下層部分を商業施設「京都タワーサンド」に改装。2018年4月にリニューアル開業した。施設内は今、驚くほど活気づいている。

 

 ネーミングの「サンド」は駅と街をつなぐ「参道」と、集う・買う・学ぶという「3度の楽しみがある場」からとった。1階は土産店の集積で限定販売の菓子やコスメ・雑貨が盛りだくさん。観光客や地元在住の女子が新作スイーツを買いに集まっている。2階は和菓子作りコーナーや陶芸教室、訪日外国人(インバウンド)向けの着物の着付けサービスがあり、主に外国人で盛り上がっている。一方、地下1階は飲食店がグルメを競うフードホールとなっていて、幅広い年代を集める。

 約1300㎡のスペース19店のレストランが集積し330強の客席が共用部に分散配置されている。昼間から薄暗く、見通し感がなくてごちゃごちゃした空間なのだが「向こうの路地の先はどうなっているのか」という好奇心でくまなく回遊してしまう。この感覚はシンガポールや香港の屋台街とよく似ている。

 

 19店のレストランが混在するため、時間帯によって客層は様々だ。昼過ぎに目立つのはシニア。何かの会合帰りなのだろうか、60~70代の男女6人がビールジョッキを片手におしゃべりに興じている。午後3時ごろになると、ビジネスマンがノートパソコンを開き仕事に没頭。若い女性が遅めのランチをとっている。

 夕方になると人気のタピオカドリンクを提供する店に高校生の行列が。午後6時すぎ、サラリーマンらがひっそりと飲み会を始める傍らで、訪日客がにぎやかに食事を始めた。午後8時すぎにはアルコールで酔いが回った客も散見され、大盛況で夜が更けていく。国籍を問わず老若男女を受け入れる不思議な空間だ。

 

 設計者のカフェ(大阪市)のチーフデザイナー柳楽博行さんは「京都には京都らしさをデザインした空間がたくさんあるので、この場はあえて『これからの京都』を意識した」と語る。築50年の古い建物で数多い構造柱を逆手にとり、空間が見え隠れするようにして路地裏の多い京都を表現。客席を分散させ、高さや向きに自然なバラつきをつくり、多種多様な人々が混じり合うような空間を目指した。
 地元で人気の小さな飲食店がテナントに選ばれているのも特徴の1つだ。京都駅前には飲食店が少ないため、フードホールに目玉を据え、施設のユニークさを出すため地元人気店を時間をかけて口説いていった。京阪HD傘下で、サンドを開発した京阪流通システムズ京都事業部の渡邉恭平館長は「個性的な店の強さを発揮してもらうため、店舗デザインの規制は最小限にして、自由なアピール求めた」と説明する。空間が見え隠れするような全体のデザインに個性的な19店が連なり、路地のような魅力的な空間が出来上がったのだ。

 
 

訪日客に人気 地元客も4割

 当初の計画では京都に複数回来ている女性客と駅周辺ホテルの宿泊者をターゲットにしていた。開業から1年たった今では観光客6割に対して、地元客が4割と想定を大きく上回った。地元客が多いためリピーター率が高く、アルコールの販売も伸びている。天井が低く昼間から薄暗い空間は、隠れ家的な雰囲気もあり昼間から飲む罪悪感を消してくれるのだろう。
 
 視察に来た商業施設の開発者などから「同じフードホールをつくってほしい」という依頼もあるが、柳楽さんも渡邉さんも「同じものはつくれないオンリーワンプロジェクトだ」と笑う。

 

 人口約150万人の京都市には1日に平均15万人の観光客が訪れる。インバウンドも急増中だ。伝統的な京都とこれからの京都。「古き良き」と「新しき良き」がこのフードホールで交差しているかのようだった。

 
 

(記:島村 美由紀/日経MJ「デザイン面」 2019年(令和元年)5月29日(水)掲載)