不動産フォーラム21
ヒトとの距離・モノとの距離-語らぬ店と売らぬ店の百貨店実験-
●百貨店の新試みは「語らぬ店」と「売らぬ店」
苦戦する百貨店が動き出しました。2つの有名百貨店が同じ時期に似たシステムで新しい試みを始めたのです。注目したのは「モノを語らない店」と「モノを売らない店」という従来百貨店の枠を越えた新業態を発表したことです。
西武百貨店渋谷は9月上旬に「CHOOSEBASE SHIBUYA」をオープンしました。百貨店業界初の取り組みで、販売員の配置はなく、化粧品・衣類・雑貨の約50ブランドの商品のみが店内に陳列されています。陳列商品にはプライスも商品説明のPOPも一切ありませんが、ケータイからQRコードを読み取り専用サイトにアクセスしてサイト上で商品の詳細や値段をチェックし、購入はサイト内ECのショッピングカートに追加しキャッシャーで支払いを済ませ商品を受け取る仕組みです。買物カゴを持つ必要はなく販売員を呼ばずともサイト内で商品情報を知ることができるという煩わしさのない買物実現を目指しています。
主なブランドは店舗を持たないD2Cブランド(メーカーやブランドが代理店や小売店を介さずに自社のECサイトを通じて商品を消費者に直接販売するビジネスモデル)なので、ブランドのサイトに直接アクセスしてECで購入し自宅配送という方法もとれるという新業態です。商品は半年ごとに新テーマに合わせ入れ替えるそうで、語り(商品説明)はサイトにおまかせが新業態の特徴です。
大丸百貨店東京店は10月上旬に「明日見世(asumise」をオープンしました。ここではD2Cブランドが主となる19ブランドが化粧品・衣類・雑貨等を陳列しています。
この店の特徴は「売らない店」であることで、店頭では購入できません。購入にはQRコードから出品ブランドのサイトに入りECで購入する方法となり、この店はショールーミングのための新業態です。ただし、商品にはブランドごとに説明用POPと値札が置かれ商品説明のカタログやパンフレットもそろえられていて売場にはアンバサダー(広報活動者)が常駐していて、お客が関心を持つ商品の説明を納得がいくまで語ってくれ、試着や試供をさせてもらえます。
西武百貨店の「CHOOSEBASE」は“語らないけど売ってくれる店”、大丸百貨店は“売らないけど語ってくれる店”。似たコンセプトと書きましたが、店舗スタイルは似ていますが真逆なコンセプトが興味深いところです。
●人と物のほどよい距離とは?
「CHOOSEBASE」は全体がグレートーンのモードなインテリアで、“意味に出合い意思を買う”という難しいメッセージが入り口に掲げられています。衝動買いが多い私はダメな消費者かも…と恥じ入りながら店内に入ると、ピーナツバターやペットボトルカバーやアロマオイルが陳列されていますが、値段も説明も一切なし。誰かに聞こうと思ってもスタッフはいない。商品に付帯されたQRコードから専用サイトに、のルールに則ってがんばってみると大臣賞受賞のいちごバター800円であることやメーカーがフードロスの解決に取り組んだ会社であることがわかりました。800円を買うまで長い道のりです。
若者はこのプロセスに慣れているのかと周囲を見渡すと、20代女子グループは「なんかおもしろいねー」と言いながら素通り、30代男性も2~3個チェックしたら帰っていきました。語らぬ店は斬新ですが、せめてもプライスぐらいは表示してほしい、が素直な感想です。
「明日見世」は婦人服フロアの一角に溶け込んだ木調と白がきいたシンプル空間です。商品にはブランドごとにプライスと説明が表示され試供品もあるので楽しんでいると、男性アンバサダーが語りかけてきて「ぬかとひまわりオイルの珍しいスクラブです」とお試しをさせてくれました。説明を聞くとアンバサダー自身がメーカーに出向いてブランド特性を勉強したらしく語ってくれ試せて値段もわかる。説得力はバツグンです。しかしこの店は売らない店。アンバサダー曰く「買わされるかもの不安はなし。ストレスフリーのショップです。」なるほどちょっとリラックスできる楽しいおしゃべり時間でした。
さてさて、どちらの店もスタートしたばかり。これからどのように進化するかはわかりませんが、語らぬも売らぬも“QRコード経由サイト行き”がビジネスポイントになりリアル市場にはないD2CブランドがキーMDになっています。
長い歴史の中でリアルな売場を形成してきた百貨店は、この2要素をどのように未来に生かしていくのか、人との距離・モノとの距離をいかに親密にしてくのかに注目したいと思います。
(記:島村 美由紀/不動産フォーラム21 2021年11月号掲載)