日経MJ
ゆったり浮かぶ陸の客船 -「横浜ベイクォーター」曲線美映える-
横浜駅東側に隣接するヨコハマポートサイド地区、港の見晴らしを楽しめるエリアの入口にそびえる商業施設が「横浜ベイクォーター」だ。横浜ダイヤビルマネジメントが管理運営を手掛け、2006年の開業以来人気を集めてきた。最近はSNS(交流サイト)でペットの写真スポットとしても知られ、その特徴的な空間に再び注目が集まっている。
湾と調和、満ち足りた食
初めてベイクォーターを見た時、船のように見える大胆なデザインに目を奪われた。湾に突き出した曲線・セットバックする階層や外周を囲むデッキなど客船と見まごう人がいるのもうなずける。
昔は工場や倉庫街だった約25haのポートサイド地区は1990年頃から開発が始まった。「アート&デザインの街」をコンセプトに各事業者がデザインを重視した街づくりを進めてきた。
その流れを受け、ベイクォーターも斬新な試みが随所に取り入れられている。中でも白を基調とした色彩は海や空の青をバックに映える。シンプルな白は飽きのこないモダンカラーとして、今でも施設の若々しさを表現しているように思える。
横浜ダイアモンドビルマネジメントの永田全彦社長は「テーマは海と風と空の散歩道。開放感があり、湾のそばにあるオープンモールだからこそ創れる価値を存分に楽しんでもらいたい」と語る。
床面積に対する店舗の面積比は約30%にとどめた。多様な広場や大小の吹き抜け、広々した共用部と湾に面したテラススペースなど、驚くほどゆとりのある空間を生み出している。
テナントには、共用部への商品陳列やテラスを利用した客席などにより施設のにぎわいが出るよう促した。当初はテラス使い方に慣れない飲食店も多かったが、徐々に活用が進み、今ではテラスが使える区画に出店希望が相次いでいる。実際に湾の景色が楽しめるテラス席のお客様の人気は高く、店内より先に席が埋まっていく。
横浜駅前には百貨店やビルが立ち並び、地下街もにぎやかな商業施設の激戦区だ。その中で集客するために、ベイクォーターは「ゆとり空間が生む豊かな時間」にコンセプトを絞った。それが店舗構成に表れている。約80店舗のうち、物販と飲食、サービスの比較がほぼ同じで他の商業施設と比べると飲食店が多い。中でも食事やティータイムで活用できるカフェ、オールデイダイニングなどが7割強を占める。またほとんどの店舗がテラス席を設けている。
ベイクォーターは半径5km圏からの来客が中心だ。ポートサイド地区に近年開発された高層マンションの居住者と、隣接する横浜ダイヤビルディングや周辺オフィスビルからのビジネスパーソンが利用している。そのため、平日の日中も集客を見込める。
開業時から施設をマネジメントする田中智枝企画運営部長は「ここはブラブラ歩きを楽しむ商店街みたいに、迷いながらも魅力ある店に出合える場所。その偶発的な発見を促す文化を創り続けてきた。急いでいる人には向かない施設かも」と笑みを見せる。
利便や合理性を追求した商業は他にもたくさんあり、それを求める人はベイクォーターにはおそらく来ない。訪れる人々は時間と気持ちに余裕があり、豊かさを重視しているのだろう。
この施設は開業時からペット同伴が可能だった。新型コロナウィルス禍で休館していた時も散歩道として、ペット連れ客が多く行き交っていた。今ではSNS(交流サイト)で「海と空と愛犬」のフォトスポットとして有名になっている。
価値ある空間と時間が醸し出すアトモスフィアがベイクォーターにはある。それは開発計画の当初、立地の特性を見極めて勇気あるプランを実現させ、その後も経済環境が変化する中でも哲学を守り抜いた結果だ。こらからも横浜のウォーターフロント開発が進んでいく中で、ベイクォーターは訪れる人々の数々のエピソードをもたらしていくだろう。
(記:島村 美由紀/日経MJ「デザイン面」 2023年(令和5年)4月19日(水)掲載)