不動産フォーラム21
”おいしい生活”よ、もう一度と望んでいるのですが・・・・
「そごう・西武を売却へ」1月31日、衝撃的なニュースが流れました。セブン&アイ・ホールデイングスが傘下の百貨店事業会社を売却する方針で最終調整に入ったというのです。店舗数減、売り上げ減少傾向にある百貨店業界の動向はコロナ禍でますます冷え込んでいましたが、身近な百貨店が売りに出されるというニュースにショックを受けました。ネットの書き込みを見ると、「百貨店はお金持ちの行く店で自分には関係ない」「贈答品を買いに行くときだけ困る」というさめた感想も意外と多くあったり「地域の顔である百貨店がなくなるのは地盤沈下になる」と心配する声も上がっていました。正確にはそごう・西武が閉館するのではなく売りに出されるので親が変わるわけですから、新しい親が百貨店をそのまま継続させれば今まで通りの百貨店事業が続いていくわけですが・・・・・。
我が社のある渋谷には西武渋谷店があり馴染みの存在です。
80年代の西武は光り輝いていました。堤清二氏が率いた西武は70年代から欧米のラグジェアリーブランドを日本に持ち込み、いち早く百貨店にブランドシヨップを導入したり、欧米のデザイナーを日本に紹介したりしてアグレッシブでした。80年代の西武に行くと華やかで新しくファッショナブルなモノやコトが必ず揃っているトレンドを牽引する百貨店だったのです。併せて、芸術や文化にまつわる劇場や美術館をつくりイベントも目白押しに開催され、常に文化芸術の高レベルな書籍をそろえる書店・レコード店・映画館を運営していました。「無印良品」「ロフト」はこんな社風の中で生まれたブランドです。
80年代後半には社会人を対象にしたビジネススクールを開き大勢の人がキャリアアップを図ったものです。文化でいえば西武百貨店やPARCOの広告展開はトップアーチィストやコピーライターを起用した斬新なグラッフィクや名文ばかりで消費文化の象徴となっていました。それほどに三越や高島屋のような老舗百貨店ではなく1940年池袋からスタートした百貨店は”セゾン文化”を富裕層ではなく一般客に向け、糸井重里の”おいしい生活”が象徴するあこがれや物欲を刺激する存在だったことをあらためて思いだします。おそらく1940年代後半~1960年代生まれの世代は”セゾン文化”を通じて当時のニューウエーブを体験した世代だと思います。
実は3~4年前からセブン&アイ・ホールディングスにとってそごう・西武はお荷物になっている、買う人がいたら手放したいらしい、という噂は出ていました。そのころから渋谷西武や池袋西武のオーラが徐々に弱くなり、売場で「?」と感じる場面が増えてきました。例えば、お客様が少ない事。食品や化粧品売り場にはそこそこ人がいるのですが上層階に上がるほどお客様の姿は無く寂しいフロアになっています。販売員が ”らしく” ない事。トップファションを扱っているのにイケてない着こなしのスタッフ、中年太りのスポーツウエア販売員。 ...その売り場らしい販売員が見当たらなくなりました。一般市場で評価の低いブランドを導入している事などなど、身近でよく買い物に行く店だけにこの数年の「?」と感じる事が多くなり、渋谷店では広告展開やウインドウデイスプレイはインパクトがあるのですか、入館するとワクワクするモノやコトの出会いがなくチグハグな店になってきていました。おそらく80年代を知らない40代より若い世代の人にとっては印象の薄い存在ではないでしょうか。
さて、売却されたそごう・西武はどうなるのでしょうか。
渋谷・池袋・横浜などは都心一等地にあるので不動産としては価値ある物件ですが、どうやら借地の館もあり不動産活用としてはスムーズではありません。他百貨店グループが買うという噂もありますがコロナでへばっている業界に買うだけの体力があるか。また渋谷・横浜は駅より離れていて競合する強い百貨店の存在もがあるので競争に勝つのは大変なエネルギーが必要です。商業系デベロッパーが名乗りを上げているという話も聞こえてきますが、立地の問題以上にコロナやEC化でリアル店舗の存在が問われ出店意欲低下のテナント動向の中で、ショッピングセンター化というのもなかなか難しい。リモート化が進行する中で都心のオフィス床が余ってきている等々、憶測はいろいろ出てきますがピンとくるポイントには至りません。
80年代からセゾン文化に学び楽しませてもらいこよなく渋谷を愛する地元民としては、もう一度ワクワク百貨店として存続してほしいと願っていますが、この記事が掲載される3月上旬には何らかの答えが出されているかも知れません。
(記:島村 美由紀/不動産フォーラム21 2022年3月号掲載)