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2009.03.05

不動産フォーラム21

「 新しい国際空港を考える 」

 

“空港に暮らす”

 2004年の米国映画に「ターミナル」という面白いヒューマンドラマがありました。トム・ハンクス主演のビクターという主人公が、ニューヨーク行きの飛行機に乗っている間に母国でクーデターが起こりパスポートが無効になってしまったためアメリカに着いたものの入国できず、到着したニューヨークの巨大空港で9ヶ月間暮らし続けるというストーリーで、その間にCAとの恋やガードマンとの友情が繰り広げられる米国映画らしい展開です。

 

 この映画が私の感性のツボにはまったのは“空港に暮らす”という着眼のユニークさで、店もあればトイレもシャワーも床屋もコンビニもクリニックもあるコンパクトに都市機能が揃った国際空港だから「生活が成立する」ことに気付かされた視点でした。いつもは一瞬の通過点としてしか見ていなかった空港ですが、日々何万人もの多国籍な人々の一瞬のニーズに全て応え得る機能を持つ巨大機能である、こう考えてみると空港への目線も新鮮なものになってきます。そういえばビクターが寝ぐらにしていた場所は、巨大空港ターミナルの一角のリニューアル工事現場でしたっけ。この工事現場も国際空港の明日の有り様を考え進化させようとする姿の表れなのだ、と深読みをした映画でした。

 

世界のビジネスマンから評価される「シンガポール・チャンギ国際空港」

 1月にシンガポールへ行きました。チャンギ国際空港を見るためです。

 人口わずか484万人(福岡県501万人)の小国家ながら貿易拠点・金融拠点としての地位を高めてアジアの拠点都市を目指すシンガポールは、「ヒト・モノ・カネ」をより流動化させるべく、国際空港に総工費約17億シンガポールドルをかけ総床面積約38万㎡(11万5,000坪)の第3ターミナルを2008年1月に新設したのです。すでに開業後1年が経ちましたが、多くの人々が「すごい」「面白い」と評価しているので、遅ればせながらの今回の視察となりました。視察途中で思い出したのが前述の映画『ターミナル』での“空港に暮らす”の感覚でした。視察を進めていくうちに、チャンギ国際空港であれば、ビクターより快適な空港生活が展開できるように思えてきました。

 

 日本では「親切で無料」などということはなかなかお目にかかれないものですが、チャンギ空港T3(ターミナル3)には「親切で無料」がいくつもあります。例えば「ムービーシアター」。乗り換えで数時間を過ごさねばならない旅客のための映画館が無料営業しています。「インターネット接続ステーション」も空港内の主要な所々にあり、どこかの国の空港のようにすみっこでコソコソではなく、スタイリッシュな空間で情報検索ができるようになっています。またパンフレットによると2時間無料のシンガポール市街ツアーがあるそう。トランジットゲスト対象なので入国手続き等々どのようにするのか不明ですが、さすが観光立国シンガポールだけあって「乗り換えの間にチョッとだけシンガポールをのぞいてもらい、気に入ったら次回お立ち寄りを!!」というセールスツアーなのでしょう。日本だったらどの組織もめんどくさがってやらないだろうなあ。

 

 T3にはホテルも併設され仮眠や休憩に利用され、足つぼマッサージやボディマッサージ、ネイルやヘアサロンも配置されています。その他T1・T2には、スイミングプールやジャグジー、シャワー、フィットネススパ、ファミリーゾーン、ビジネスセンター等があり、1~3のターミナルで、時間を過ごすための機能やサービスが充実しています。

 

 そのほかには言わずもがなの100店舗ショップと40以上のレストランが、T3にはショッピングモール内に配置され、物欲と食欲を十分に満たしてくれます。チャンギ空港を視察した多くの人たちの感覚ではショッピングゾーンが評価されているようですが、店舗数は多いものの見慣れたブランドや工夫のない売り方にいつもの商品。日本は商業文化が成熟しているだけに、私の感覚ではT3のショッピングゾーンにはさほどの感動はありません。唯一挙げるとしたら空間を贅沢に使っているので、モールのダイナミックさやレストランゾーンの環境づくり等は、日本のチマチマした空港環境と比較するとうらやましいほどのびのびした雰囲気をかもし出しています。

 

 さて、シンガポール・チャンギ空港は、1981年に開港して以来、2008年まで250を超える様々な賞を受賞してきました。2008年にはイギリスの航空サービスリサーチ会社スカイトラックス社が選ぶ「ワールド・エアポート・アワード2008年」で3賞もの受賞を果たしたそうです。おそらくT3が加わった2009年もチャンギ空港の評価はより高まるでしょう。

 

 では、何がチャンギ空港をスゴイと言わせるのか?考えてみると、前段に挙げたサービス機能やサービス施設の充実ではないでしょうか。無料や有料の様々な形態はありますが、空港で1時間を過ごす人、空港で乗り換えのため4時間や8時間を過ごさなくてはいけない人。一人ぼっちのビジネスマン、小さな子供を連れたファミリー、体力のないお年寄り、いろいろな人が無理をしない空港での過ごし方を提供するホスピタリティマインドがチャンギ空港では他空港より意識され、それがカタチ化されているのだろうと思います。『ターミナル』の主人公ビクターも「チャンギ空港暮らしは快適!」と言うかもしれません。

 

日本の国際空港への期待

 データを見ると2006年の旅客数ランキングで、成田国際空港が33,860,094人で世界6位、チャンギ国際空港が33,368,099人で世界7位です(1位:ロンドン・ヒースロー空港 61,348,340人。ACI統計)。直近のデータがなくて残念ですが、その後チャンギ空港は第3ターミナルを新設しましたが、成田空港も滑走路を2,500m化するための工事が進行していて、完成すると大型機の発着が可能となって長距離路線便の運航も可能となり新しい海外の航空会社の乗り入れも実現するそうです。さらに国際線では、2010年に羽田空港に新たな国際線ターミナルをオープンするべく工事が着々と進行しています。この国際線は主にアジア便が中心ですが、すでにロンドン直行便やパリ直行便も決定していて、「羽田から海外へ」の利便性はますます向上していきそうです。

 

 来年秋、羽田空港には4本目の滑走路が完成し、この新滑走路効果で現在より3割増を見込めるそうで、成田・羽田を合わせると70万回の発着数となりアジアのトップレベル空港となることが予測されています。

 

 「ヒト・モノ・カネ」を迎える空港の役割は日本のゲートウェイとして重要なポジションであることに間違いはありません。海外の空港をまねることは必要なしと思いますが、日本ならではのホスピタリティとユニバーサルな機能性を多国籍の旅客に提供し、印象深い国際空港へと進化することを期待したいところです。

 

 ある日、ある国の家族の会話で「昨年のアジア旅行はよかったね。特に日本の空港がステキで気が利いていたね」なんて旅の思い出話に登場するように。

 

 

(記:島村美由紀/不動産フォーラム21 2009年3月号掲載)