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2017.05.01

SC JAPAN TODAY

「 子育て世代に好感度をもたらす共用部のあり方 」

 

 三歳児のママである知人に好きな買物の場所を尋ねると、伊勢丹新宿店だと言う。何故?と聞くとこんな話をしてくれた。
 伊勢丹新宿6階にある広々としたベビー休憩所は、かなり充実した子供対応施設。おむつ替えコーナー、離乳食・調乳コーナー、休憩コーナーにママだけが入室可能な授乳室と4ゾーンに分かれベビーフードやおやつ、子供用飲料の自販機や交換後おむつの圧縮処理機、ペーパーシーツ等の備品揃えが十分でレストランやカフェは子供用メニューが導入されている。都心の中心まで子連れで行くのにはしりごみする立地だが、平日に車で行けば母子だけのストレスフリーなショッピングが楽しめる快適な百貨店。月に1~2回は子どもとこの百貨店に遊びに行くのだそうだ。
 知人がファンになった伊勢丹新宿店はさすがに有名店なだけあり、すでに20年前からベビー休憩所を開設し、15年に大規模改修を実施した。今ではネット上で子育て世代のパパやママに“素晴らしい”と噂され、「行くなら伊勢丹」という来店モチベーションにつながっている。

 

 では、ショッピングセンター(以下、SC)ではどうだろう。共用部に対する目配りや気配りがどこまで行き届いているだろうか。特にSCが注目する子育て世代に認められるような計画がなされているかを検証する。

 

共用部-<ココロへの貢献>

 昭和の時代、百貨店の屋上は小さな遊園地があり、子どもの天下だった。夏になると仮設ビアホールが開かれ、提灯が風に揺らいでいた光景が思い出されるが、その後、長い間忘れられていた屋上が、近年にわかに注目され復活している。

 写真は、2016年春の阪急西宮ガーデンズの4階にある屋上庭園「スカイガーデン」の満開の桜の景色である。庭園に出た途端、思わず「ウワッ」と声を上げた。あまりに見事な桜並木と春を満喫する幸せそうなファミリーの姿が屋上いっぱいに広がっていたからだ。阪急西宮ガーデンズは百貨店核の大型SCだけに広い屋上規模を有し写真のようなダイナミックな仕掛けが実現した。植栽とイベントステージに、ベンチや噴水というシンプルな設えを来館者がそれぞれのスタイルで春の暖光を楽しむ姿がこのSCの高い価値を感じさせる。

 阪急西宮ガーデンズだけではなく最近のSC開発では、屋上を積極的に公園化して遊具を設置し、子育て世代を中心に開放している館が増えている。グランツリー武蔵小杉の「ぐらんぐりんガーデン」がその好事例だ。マンションの大規模開発で急増した子育て世代のママが、このガーデンでママ友を作り地域生活に馴染む足掛かりの場として活性化しているとの逸話もあり、「子育て世代に優しい街 小杉」のシンボルになると評価されている。

 阪急西宮ガーデンズやグランツリー武蔵小杉の屋上庭園は利益を生まず開発は高コストであった機能だが、大人には安らぎを子どもには楽しい思い出作りになる、ココロの貢献度が高い計画である。

 

共用部-<安心安全への貢献度>

 私が長く関わる札幌ステラプレイス(札幌駅ビル)には2003年開業当時から予想外にベビーカーを押したママが多く来館している。キッズMDやファミリーMDを積極的に導入してはいないのだが、その客層は増加傾向にある。理由は市内の他商業施設に比べ通路幅が広く、段差なく縦導線も充実しているため、ベビーカーママにとって安全に回遊が可能なストレスフリーの買物の場になっているのだ。開業して14年、当時のお洒落好き女性達がその後に結婚・出産をしてもステラプレイスの卒業生にならず現役の顧客として今も館を利用してくれているのは、館のお洒落MD感度だけではなく、快適で安全な共用部環境にある。郊外型SCでは当たり前の通路環境でも、不動産コストの高い都心型SCでは実現が難しいだけに、駅直結型のファッションビルであるステラプレイスの共用部環境が子育てママ達に評価されているのだ。

 同様に駐車場の安全性も子育て世代にとっては気になるポイントである。以前、駐車場関連の財団で全国の優れた駐車場を評価する“日本ベストパーキング賞”という表彰制度の審査委員を務めていたが、駐車場の品質やサービス基準には利用者の目的によってさまざまなニーズがある事を知った。とくに子育て世代のニーズでは、子どもの安心安全な乗降スペースの確保と乗降前後の安全な待機場所の確保。さらにトランクルームにベビーカーや荷物を積み込む際のスペースや、駐車後に館内入口までの車路と交わらない歩道の確保など、細かな子育て世代ニーズがある。これは高齢者同伴時のニーズと重なるポイントである事に気づいた。審査は2003年頃からスタートしたと記憶しているが、当時からSC業界ではイオングループが開発する大型SCの駐車場計画は、子育て世代や高齢化社会への安心安全な気配りがなされており、他ディベロッパー(以下、DV)が駐車場という重要な共用部へのプライオリティが低い時代から配慮をしていたイオンの姿勢には好感が持てる。

 考えてみれば車利用の来館者にとっては駐車場が玄関であり、「いらっしゃいませ」「またお越しください」といったウェルカムマインドを表現する出入口である。優先順位の高い扱いをすべき共用部である事は言うまでもない。

 

共用部-<ママ目線への貢献>

 前述した百貨店ファンのママとは真逆な意見を持つ子育て世代ママは、実は多い。百貨店を買い物場所として選ばないと言う。理由は「百貨店にはベビールームが子ども服を売る上層フロアに1ヶ所だけという館がほとんどだが、SCには随所にベビールームがあり、必要な時に行きやすい」と言う。また「最近の新しいSCではベビールームの充実は当たり前になっている。流し台や給湯器、子ども用飲料自販機なども標準化している」、とママ達は言っている。確かにこの数年間で、開発計画時にベビールームを図面に組み込む意識はわざわざではなく当然という感覚で開発側は行うように進化してきた。更にSC派のママ曰く、「過剰なサービスは望んでいないが、授乳室の大部屋は居心地が悪い。個室で落ち着いたプライベートな時間を持てるSCがよい」のだそうだ。週末の繁忙期などにママ達を待たせないためには、個室数の確保が課題である。

 また、ママ目線はさらに細かなママニーズを持っている。ある知人ママは、ららぽーとTOKYO-BAYを評価している。同SCのキッズスペースは年齢別に分かれているので、5~6歳の大きな子ども達の中で1~2歳の小さな子どもがヨチヨチしていることのヒヤヒヤ感を持たなくてすむのでありがたいと言う。確かにいろいろなSCのキッズパークを視察していると、体力があり活発な未就学児と足取りがおぼつかない幼児のスペース共有には不安を感じる時がある。キッズといっても体形・体力には大きな差があるので、ひと括りでキッズパークとして共用部を計画していくのは無理が生じる。場所の改善が望まれる。

 余談だが、子育て世代ママの目線は貸し出しベビーカーについても鋭く、〇〇SCのベビーカーは乗り心地良く高級、△△SCのベビーカーはシートが固くて子どもに不評でコストをかけていないなど、ママ間で情報が飛び交っているらしい。ちなみにベビーカーの台数が十分確保されていないSCは、「ケチSC」と悪口の対象になるそうだ。ママ目線は厳しい。

 

人生時間を共有する“ライフシェアSC”に

 さまざまな場面でのSCにおける共用部のあり方を子育て世代視点で見てきたが、ライフスタイルの多様化、eコマースの拡大によりSCへの集客は年々難しく工夫が必要になっていることは言うまでもない。消費者側の変化ばかりでなく、開発側でもSC出店可能な経済力と運営力を持つプレーヤー不足や、小売業に従事するスタッフ不足による店舗管理課題などSC事業は問題が山積している。

 このような時代環境のなかで、SCの果たす役割は楽しい買い物の場ではなく、公共性や社交性、文化性を備え消費者に多様なコトの提供を行うことで、来館された人々の人生時間を共有していただけるSC作り→「ライフシェアSC」の実現を目指すべきだと考える。

 日本の人口は2053年には1億人を切ると予測されている。そのなかで子育て世代は子どもの成長につれてライフステージの変化による消費動機を多く持つ世代であり、SCにとっては貴重なターゲットである。

 しかし、この世代は経済的余裕が十分ではないためクールでドライな人達でもある。前述した知人ママ達も百貨店やSCに頻繁に行ってはいるものの、消費はしていない。「安く子どもと遊べる場所」「タダで気分転換できる場所」としてSCを利用し、「買物はeコマースで」(子ども同伴では自分の買物はゆっくり出来ないため)とするママ達が過半である。共用部の充実は来館動機付けとなることは確実であるが、リアルタイムでの売上げ貢献にはなりにくい。

 しかし、諦めることなかれ。この子育て世代を、丁寧に長年に亘ってもてなしていくとライフステージの変化で何かが必要になった時、子育てがひと段落して生活に余裕ができる世代になった時、いま構築している館への信頼力と支持力が功を奏して貴館が購買の場として選ばれる日が来るはずである。未来への顧客づくりが共用部の充実であるのだ。

 

 

(記:島村美由紀/SC JAPAN TODAY 2017年5月号掲載)