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2011.07.17

不動産フォーラム21

「震災と銀座」

 

 3.11以降、日本人の心のバランスに変化が生まれています。

 

 家族への愛情、隣人や町の人々との絆、友人の大切さ、人生の価値、幸せの意味・・・。自分がふつうに暮らしていた当たり前の毎日に「オヤッ?」と思ったり、「アラー!」と感じたり、「ヘェー」と驚いたりする心の動きが繊細になってきています。

 

 街の様子にも変化がありました。「がんばろう、日本!!」の合言葉とともに、街のいたるところで節電の取り組みがなされ、自分にできることを行動として起こす若者の姿も見かけました。

 

 東日本大震災は、多くの変化をもたらした本当に衝撃的な出来事で、その影響は今でもくらしに変化を続けさせています。

 

震災と銀座

 実は、私たちは日本の代表的商店街である銀座を3.11直後から観察しています。

 

 「大震災が消費者にどのような心理的影響をもたらすのかを銀座と言う買い回り商業の大メッカで考察してみる」という目的のために銀座の定点観測を3月下旬から始めました。

 

 震災後、第3回目の週末は3月26日(土)、3月27日(日)で、晴天ではあるものの気温が約12℃と低く、北風が吹く寒い週末でした。

 

 私たちにとっては初の銀座調査でしたが、前週の3月19日(土)~3月21日(月)の人っ子一人いない銀座の三連休を見ていたので、この調査美には四丁目交差点付近で震災前の約8割弱の来街者が戻りだしたことを通行量調査の結果から知り、「意外と大勢の人が銀座に帰ってきたなあ」という実感を持ちました。

 

 しかし、8割の来街者といってもいつもとは中身が異なりました。写真のように、ほぼ全員がスニーカーやペタンコ靴で、リュックやバックパックを背負い手ぶらで着慣れた普段着で防寒をするという、まるで近所のスーパーに買い出しに行くようなスタイルです。若者から熟年者までの人々が銀座中央通りを往来していましたが、平常時と異なり、外国人は皆無、子供の姿はなく、ウィンドウショッピングどころかだれもが足早に往来するという、銀座通りにはかつてなかった人々の姿がありました。そして印象的なのが、全員の表情がきわめて厳しく、いつもの穏やかな表情の“銀ブラ客”はひとりもいません。おそらく震災後2週間が経過し、「世の中の様子を見にとりあえず銀座でも」という心理のお客様たちであったと思います。

 

 三越のデパ地下をのぞいてみると、いつもにぎやかなお菓子売場は閑散としており、パンや総菜といった加工品売場は来客でごった返していました。また上層階にはだれもお客様の姿がありませんでしたが、婦人靴売場で長時間歩いても疲れないフラットシューズのコーナーに人垣ができていたのが印象的でした。

 

 銀座中央通りからはなれ、有楽町駅前のマルイをのぞいたところ、目を疑うほどの若い大勢の来店客で方がぶつかるほどの繁盛ぶりです。3月は新入学・新生活スタートのフレッシャーズのシーズン。マルイは10%オフのセールを実施した来店効果がみごとにあらわれていました。中高年層を対象とする三越は自粛ムードで食品以外のにぎわいはなく、若年層を対象とするマルイのセールに集まる若者の姿に「若者には地震も来るけれども春も来る」を実感した3月下旬でした。

 

 さて、その銀座に従来客数に近いお客様が戻るきっかけをつくったのはゴールデンウィークでした。さわやかな五月晴れにめぐまれたゴールデンウィークは、遠出を控えた首都圏客が大勢銀座に来街してきました。久々にバギー姿の若いファミリー層や子供たちも銀座に来街し、にぎやかな歩行者天国となり、ショッピングバッグを持つミセス層も多く、外国人こそいないものの、いつもの買物天国銀座の街が戻ってきました。ようやくこの頃から、おしゃれに着飾った女性やハイヒール姿の女性もたくさん見かけるようになり、人々の気持ちの安定がファッションにあらわれるようになりました。

 

 5月14日(土)の週末で四丁目交差点付近の通行量は完全に震災前の数値を超え、銀座が自粛ムードから解放されたことが判明しましたが、営業時間の短縮でダメージを受けた飲食店では、人気店は早々に予約も入り売上げ回復が図れたものの、不人気店は震災をきっかけにj客離れが決定的なものになり、5月以降は閉店に追い込まれる店も数多く生まれてしまっています。お客様も多いが競争も激しい銀座では、震災が飲食店の生き残りの判決が下されるきっかけにもなりました。

 

 震災直後から現在まで、いまだ戻ってこない客層は外国人です。以前はブランドショップに多くのアジア観光客の方々が買い物をする姿を見かけ、不景気な日本人の代わりにアジアのお客様が銀座の主要客といわれていましたが、外国人客の以前の賑わいを取りもどすためには時間がかかりそうな気配です。

 

銀座とチャリティとショッピング

 銀座の街にかかわらず、震災直後から街の小売店やレストランで見かけるプロモーションに“お買上げの○%を義援金に”というチャリティショッピングが急増しました。

 

 人と人との絆を大切にする気持ちが震災をきっかけに強くなり、自分の中でささやかでも人の役に立つことをしたいという思いにいたる人たちが主流になっている中、銀座の街でも「銀座だからこそ」のチャリティがいくつも行われました。

 

 4月中旬、有楽町駅前のマルイでは、夏服限定の下取りチャリティが行われ、3日間で1万人もの若者が被災地への支援として、10万点にも及ぶ衣料品を持ち寄る成果を上げました。どのファッションビルよりも早いチャリティ活動は、銀座で若者層に強い支持を得ているマルイだからこその実行力だったと思います。

 

 また、銀座松屋では有名人107名(有名シェフや芸能人、文化人、著名デザイナー)による提供品のオークションが4月下旬に開催され、大勢の人々によるチャリティの輪が広がりました。これも銀座の老舗百貨店だからこそのスケールが大きいチャリティ活動の一例です。

 

 日本を代表する商店街“銀座”といえども、3.11ショックからお客さまの足が回復するのには約2ヵ月強の時間がかかりました。そして戻ってきたお客様は、従来の消費感覚ではなく、人との絆や安心安全に対して敏感になっている心の変化を持ったお客様たちでした。

 

 私たちはもうしばらく銀座での定点観測を続けるつもりですが、人々のモノの消費や心のあり様が今後どのように変わっていくのか、見守りたいと思っています。

 

 

(記:島村美由紀/不動産フォーラム21 2011年7月号掲載)