日経MJ
「未病」と向き合う森の里 -ビオトピア、癒しの空間作り-
健康と病気の間にある心身の状態を指す「未病」。神奈川県は健康長寿の要として、未病改善を掲げている。県西部に2018年4月、行政と民間が組んで拠点となる施設「ビオトピア」が誕生した。広大な森に囲まれた地域の魅力を生かし、未病に応じる空間作りに取り組んでいる。
自然の風感じる自然な雰囲気に
未病という国内でもまれなテーマを掲げるビオトピアは、東京ドーム13個分に相当する60ヘクタールの敷地にある。コーヒー通販会社ブルックスホールディングス(HD、横浜市)が運営主体となり、自然の恵みの「食」、身体を整える「運動」、五感を開放する「癒やし」をコンセプトに数多くの機能を兼ね備える。
「me-byoエクスプラザ」は人の動きをモチーフとしたデザインの区画で、先端技術を通じて体を動かして体力や生活習慣をおさらいできる。レストランとカフェがあわせて3店、キッチンスタジオ、ガーデニング、ペットグッズショップに加え、地元特産物を扱うマルシェを上手に編集している。
ブルックスの事務所や貸しオフィスが入る高さ75メートルの建物の前に平屋のマルシェがあり、際立ったコントラストをなす。床面積3200平方メートルと広く、中央には巨大な人工の木がそびえ立つ。白と木を基調として全体をナチュラルモダンに仕上げた。明るさを感じ解放感にあふれ、気候に合わせた温度と風を感じる自然な雰囲気を大切にした。
「(近隣の)真鶴町から本小松石を、山北町からは木材を提供してもらい内装に生かした。小田原城をイメージして瓦のひさしをつけたりして、地域特性を遊び心をもって表現した」とブルックスHD社長の小川裕子さんは笑顔で語る。
フレンチレストランはM.O.F(フランス国家最優秀職人章)受章歴がある仏人シェフが監修し、自然食材の料理やパンを提供する。2面の開口部から自然光がたっぷり入り、くつろぎを満喫できる。和食レストランでは、地元の食材を使ったビュッフェ形式の鍋を提供。me-byoエクスプラザで自分の身体改善に必要な食材を検証し、鍋の具材選びに役立てられる。お年寄りや家族連れに人気だ。
五感フル稼働でストレスを緩和
ビオトピアの唯一無二の財産といえるのは大半を占める森林だ。森林セラピーとは森林浴効果でストレスを改善し、心を癒やす効果が実証されているという。
森林セラピストとして活動する鈴木勝さんは「効果を期待して大企業から社員の疲労回復に研修として取り入れたいという問い合わせがある」と話す。セラピストが同行する森林浴を月に2回開催。「専門家が誘導して森の中で五感をフル稼働させると、心身を癒やせる」という。地殻変動でできた丘陵の一角にあり湧水が豊富なので、水に触れられるスポット作りも考えている。
実はこの施設は高度成長期の1967年に東京の一極集中を解消しようと、富士山の雄姿を望む東名高速道路大井松田インターチェンジそばに第一生命保険が建設したものだ。本社機能の一部を置き3100人が勤務していた。整備した体育館や桜並木、竹林から当時の隆盛がうかがえる。
広大な敷地を2012年にブルックスHDが取得。県が未病の拠点施設を求めていたところ、神奈川県大井町とブルックスHDによる提案が採択されビオトピアが生まれた。マルシェもかつて社員食堂だった場所だ。
神奈川県、大井町、ブルックスHDの三者協定でつくったビオトピアはまだ第1期にすぎない。第2期は2年後の開業予定で温泉施設を計画し、掘削工事が始まっている。日帰り温泉ではなく、温泉水による運動型スパとする。
さらに第3期では宿泊施設としてビラを構想し、2泊3日ほど滞在して周辺の2市8町にまたがる地域を回遊できるようにする。施設が整うにつれ、建物と森がつながった活動をデザインできるようになるかもしれない。
都心から1時間の自然豊かな神奈川県西部。新コンセプトで現代人の安息の地に変わろうとしている。
(記:島村 美由紀/日経MJ「デザイン面」 2019年(平成31年)1月23日(水)掲載)