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2021.09.15

日経MJ

市民に寄り添い次代へ -立川の商業施設「グリーンスプリングス」-

  

 コロナ収束後の「ニューノーマル」における人々の生活感覚や価値観変化に対する新たな商業施設のあり方を模索する動きが始まっている。2020年4月に東京都立川市に開業した「グリーンスプリングス」は従来の開発のあり方に一石を投じ、次代に向け市民に寄り添う開発のあり方を示唆するプロジェクトだ。

 
 

長期視点で街の価値成熟

 「グリーンスプリングス」の主役は施設面積の4分の1を占める10,000㎡の広場だ。広場は芝が張り巡らされたパブリックエリアと小川や植物で里山の自然を緻密に表現したビオトープ、音に呼応して噴水が躍る水盤の3つの表情をもっている。

 

 パブリックスペースに設置された1人掛け椅子にはテーブルが付いており、ノートパソコンを開いて仕事に励む男性が数人いる。ビオトープを正面から見渡せる長ベンチは居心地の良さで人気があり常に人の姿が絶えない。バギーの乳幼児連れのお母さんが子供に話しかけながら吹く風と水の音を感じている。

 

 ビオトープの外周に複数設置されたガゼボ(洋風あずまや)が個性的だ。雨宿りや日陰の休息の場でもあり緑の風景や広場を往来する人々の様子を楽しむこともでき、他者の視線が気にならない小さな居場所を提供している。ティーンエイジャーが3人で勉強をしていたり、お父さんと子供たちが折り紙を折っていたり、男性2人がカップコーヒーを手に話し込んでいたり、編み物をする人もいる。

  

 まるで自分の部屋のようなくつろぎ方だ。さらに広場がペットの散歩道になっている様子も伺え、犬たちがオーナーと広場を横切っていく。みな思い思いのスタイルで広場空間を満喫している。

 

 広場を囲む9棟の建物は高層はオフィス、低層はレストランやカフェ・物販店が入店する商業ゾーンだ。建物の階高は様々なのだが軒が重なりあって連なり、先へ先へと伸びていく様が格好良くデザインの巧みさを感じる。

 

 夜には軒に照明が柔らかくあてられ、ビオトープの緑を照らし出す光と相まって緑と建築の調和が昼間以上に美しく、艶やかな雰囲気を生んでいる。建築デザインはノーブルでスタイリッシュだ。

 

 立川駅方面からサンサンロードを進むとサウスゲートが人々を迎える。2棟が直角に配置されたエッジ部分から階段とエスカレーターの縦動線が2階へと導いていくのだが、まるで博物館や巨大スタジアムに入っていくような硬質さのあるアプローチ空間に対し、2階に到達すると柔らかい緑の広場と噴水が人々を迎えるギャップが面白い。

 

 サンサンロードは多摩都市モノレールに沿って北へ約550m伸びる歩行者専用通路で以前は寂しい場だったが、グリーンスプリングスが1階のロード沿いに16区画のレストランや雑貨店舗を配置したことでにぎわいが生まれ、近頃はロード沿いの他ビルにもレストランや物販店が開店するというにぎわいの波及効果を生んでいる。

 

 グリーンスプリングスの建物デザインは清水卓氏、ランドスケープは平賀達也氏が担当した。清水氏は「街の縁側」というコンセプトで、建物の内と外が一体化されるボーダーレス空間を計画した。軒を2.5m~3.5m張り出させ、店舗のテラス席や商品の陳列スペースに活用できるよう誘導をはかった。また多摩産材を軒天に使用し地域へのこだわりを示している。

 

 商業ゾーンには目立つ位置に「リビングルーム」と名付けられた2ヵ所の出入り自由ゾーンが設けられ、読書・勉強・飲食と誰もが気ままに過ごす場として開放され外にも内にもフリーダムな居場所が市民に愛されている。

 

 平賀氏は立飛ホールディングスのアイデンティティー表現として飛行機の滑走路をモチーフとし、Xに交差する街路を大胆に配した。周辺には武蔵野の原風景を再現した植栽が植えられ、ビオトープには地域在来植物を多く育て、多摩地域に暮らす人のなじみ感覚を導き出す地域色あるランドスケープを創り出した。

 

 計画初期から現在に至るまで開発の中心となっている立飛ストラテジーラボ・戦略企画本部長の横山友之氏は「この計画はコミュニティパークづくりと位置付け次世代に人々が重視する“心や身体の良好な日々”を提供するための“ウェルビーイング”をコンセプトにした」と語る。

 

 立川の価値をコアメンバーで議論した結果、奥多摩の自然や空の広さ、昭和記念公園の存在を再認識した時に、人々が自由に集まり良好に過ごせる環境を創造することで街の価値を上げるプロジェクトを目指したという。

 

 「容積率は上限の3分の1に抑え、空の容積率を増やすことを大切にした」と横山氏。1924年に前身となる石川島飛行機製作所として創業し、現在は不動産事業を展開する立飛ホールディングスは立川市の25分の1の敷地保有者である。

 

 従来の経済効率重視で短期視点の開発では街の価値は生まれにくい。市民に寄り添ったプロジェクトを時間をかけて育てることで開発効果が街に波及し、街の価値が熟成されていくという長期の開発視点が企業の繁栄を生み、市民への貢献にもつながると考えられた。

 

 園内にはいくつかの空き区画がある。ウェルビーイング・街の価値創造とういう視点を通すと、コンセプトにあったショップを厳選して入店させることを重んじ、ゆったり構えた事業者の心意気を理解することができる。

 
 

 立川に生まれた新視点のプロジェクトにニューノーマル時代のヒントがみえてくる。

 
 
(記:島村 美由紀/日経MJ「デザイン面」 2021年(令和3年)9月15日(水)掲載)