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2012.01.15

不動産フォーラム21

「小さなパイは誰のもの?
―2011年大型商業開発に見る人の流れ―」

 

 12月7日付日経新聞に「2011年ヒット商品番付」が掲載されていました。東の横綱は「アップル」、大関は「アンドロイド端末」、西の横綱は「節電商品」、大関は「なでしこジャパン」。まさに現代を象徴する商品です。さらに、西側番付の関脇には「有楽町ルミネ」、「阪急メンズ・トーキョー」、小結には「九州新幹線&JR博多シティ」がランクインしているという、商業や不動産関係者にとっては興味深い記載がありました。

 有楽町の開発やJR博多シティが商品か否かはわかりませんが、3.11震災の影響で消費動向が厳しくなった2011年ですが、実は近年にはなかった大型商業開発や大型リニューアルが目白押しで、開発業界では話題に事欠かない1年でもありました。

 2011年3月3日JR博多シティ(阪急百貨店42,000㎡、アミュプラザ博多37,600㎡)、3月3日高島屋大阪店リニューアルオープン(78,000㎡)、3月17日二子玉川ライズ・ショッピングセンター(31,800㎡)、4月19日大丸大阪梅田店(64,000㎡)、4月26日あべのキューズモール(60,900㎡)、5月4日JR大阪三越伊勢丹(50,000㎡)、ルクア(20,000㎡)、10月15日有楽町阪急メンズ・トーキョー(11,000㎡)、10月28日有楽町ルミネ(11,300㎡)。どれも大規模な商業施設の開発で注目され、話題となった施設群です。

 これらの開発が注目された最大のポイントは、集客効果による街の活性化でした。デフレ経済、長期景気低迷、ライフスタイルの成熟化と、人々が消費に消極的になっている現在、大型商業施設が広域から人を呼び込むトリガーになり、そして街がより魅力的に活気づくであろうという期待が高まりました。この不景気な時代に「パイが拡大される」のではないかと期待したのです。

 さて、期待の大型商業施設がそれぞれ開業してから数カ月がたち、街の様子がどのように変わったのでしょうか。覗いてみることにいたしましょう。

 

九州新幹線がストロー(吸引)となったか?博多駅開発

 福岡は長い間“天神の一人勝ち”とされ、競合相手の存在は考えにくい物がありましたが、今年3月のJR博多シティの開業は、内外に大きな影響を与えました。

 最も強烈なインパクトは人の流れです。この開発は九州新幹線全線開通と同時に行われ、多くの人々に「新幹線が九州や中国地方等の広域から、まるでストローで吸い込むように福岡の街に人を集めるだろう」「その結果、来街者の回遊がJR博多シティだけではなく天神へも及ぶことが予測される」というシナリオが描かれていました。しかし、JR博多シティ開業6ヶ月後の8月末の結果では、JR博多シティの来店客数3,080万人(16.6万人/1日)に対し、福岡県内脚が70%(うち福岡市内40%)を占め、新幹線開通効果は期待したほどの吸い込みのよいストローにはならなかったという残念な結果でした。関係者の話では「90年代から九州では福岡商業力が一番で一極集中の傾向があり、若年層や富裕層は九州各地から福岡に買物に来ていたので新たな市場拡大は期待ほどではない。また遠隔地バス網も発達しており安価で福岡には行ける。山陽の消費者はわざわざでかけるなら福岡ではなく大阪や東京に行くだろう」との見解でした。

 広域集客を実現できていない福岡の商業はやや厳しい状況に陥っています。パイの食い合い=消費の分散が起こってしまい、天神の商業施設(ファッションビル・百貨店)は軒並み売上を落とし、百貨店は7~8%減、ファッションビルでは2ケタの売上減少というマイナス傾向に対し、博多阪急が200億円(計画比8%増)、アミュプラザ博多が191億円(計画比20%増)というまあまあの状況です。しかし、前述した6ヶ月間3,080万人、集客目標の60%増という集客結果としては好調な状況の割には購入に結び付く客は少ないことがうかがえます。

 地元の方に聞くと、「結局、天神商業は一人勝ちが長かったので、進化の努力が甘かった。一時博多駅に行った客も、ほとんどが天神に戻りつつある。しかし集客が戻ってきた商業施設と戻ってこなかった商業施設に分かれ、その差は歴然としてしまった。この脚のジャッジが今後の天神の運命を大きく変えるだろう」という天神苦戦の様子が見えてきました。

 人口減少は全国共通の社会現象で、大型開発・新幹線が街に必ずバラ色の明日を約束してくれるものではない厳しい現実が福岡にありました。

 

大阪 春の陣 軍配は駅ビル「ルクア」に

 「2011年、日本中で最も集客した場所は?」というクイズがあったら、答えは「大阪ステーションシティ」と間違いなく言えるほど、大阪駅の大規模開発は、三越伊勢丹百貨店、ファッションビル「ルクア」ともにすさまじいほどの集客があり、5月4日から10月31日までの半年間で7,200万人(40万人/1日)、売上も三越伊勢丹が177億円、ルクアが191億円で、特に「ルクア」の人気が際立った結果になりました。

 JR関係者に話を聞くと、「ピークの時は一時に30万人の入館者があり、場内整理に苦労するほど予想以上の集客となった」そうで、開発側も驚くほどの関西中の人が大阪駅に注目した結果となりました。しかしその内約を見ると福岡とは異なり、集客は“ドーナツ型”で、足元の大阪市内客より京都府や滋賀県などの隣接エリアからの来館が多く、足元である大阪の客層が思ったほどの広がりではなかったといわれています。

 これには理由があり、他の大阪市内商業施設が大阪ステーションシティ開業を大きな脅威ととらえ、多くの施設が事前の準備としてリニューアル等のテコ入れを行っていたので、大阪の人々は大阪駅もチェックはしつつも、なじみのナンバや阿倍野や梅田エリアの百貨店・ファッションビルのリニューアルを楽しんでいたのです。前述した天神の商業施設ではJR博多シティに対する対抗策を打った施設が多くはなかったということが敗因となったことと比較すると、大阪商人の積極的防衛パワーはさすがという気がいたします。

 しかし、ナンバや阿倍野や梅田という広域集客可能なターミナルエリアは、大きな落ち込みにはならなかったものの、地下鉄立地の心斎橋エリア商業は苦戦状況にあり、各テナントの売上は2ケタの減少になっている話も聞こえてきます。パイの拡大 vs. パイの食い合いを考えると、交通利便性が大きく関係していることが、心斎橋の状況からうかがえます。

 さて、大阪駅ビルを構成している「JR大阪三越伊勢丹」と専門店街「ルクア」でも半年後の明暗がはっきりと分かれる結果が見えてきました。「ルクア」は広域関西圏から集客を図り、出店テナントが忙しくて悲鳴を上げるほどの盛況ぶりで、初年度売上予測250億円を早々に上方修正して320億円へ、三越伊勢丹は初年度売上予測の550億円を下方修正して350億円にと切り換えています。「ルクア」の70億円上方修正はすばらしいですが三越伊勢丹の200億円下方修正は厳しい結果の表れで、結局、7,200万人もの来場者があっても売上予測は合計800億円から670億円と、マイナス130億円となっていますので、見物には来ても消費はしない客の姿が見えてきます。

 実はこれには理由があって、三越伊勢丹の“東京的なおすましスタイル”が大阪の客にはヒットしていなくて消費者支持につながっていません。売れているルクアでも売上が取れないショップは“東京圏”の店ですから、小売りには“郷に入れば郷に従え”的な視点が重要で、三越伊勢丹がどの時点でテコ入れを図るのかが今後の課題となってくるでしょう。ちなみに近隣でリニューアルと増床をした大丸大阪梅田店は5月の売上が前年同月比174%と好調でした。やはり関西系百貨店の実力ですね。

 

小さくなるパイをいかに手に入れるか

 日本の人口は確実に減少しています。かつモノ余りの時代に積極的な消費をしようとする人々は多くはありません。

 従来、大規模な商業開発は街に人を呼び街を元気にすると考えられてきましたが、21世紀のファーストステージである2011年の商業開発は、パイが拡大することは幻であることを物語っているのではないでしょうか。

 では「小さなパイを誰が手に入れるのか?」そこで商業者間の競争が展開されるのですが、福岡でも大阪でも見られた傾向として、同じ店がAエリアに出店しつつ、新開発のBエリアに出店していると、総じてどちらの店も売上を落とす結果となっていました。やはり消費者は新しいモノやめずらしいコトには関心を示すものです。「パイの食い合い」は開発側には厳しい戦争ですが、消費者にとっては「商業が進化するステージ」。オリジナルを提供できる者だけがパイを手に入れる時代になることだけは確かなようです。

 

 

(記:島村 美由紀/不動産フォーラム21 2012年1月号掲載)