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2012.04.14

不動産フォーラム21

「拡大するスポーツ市場のトリガーは  “お手軽”“女性”に商機あり」

 

 2月26日、曇天・気温6度の中を第6回東京マラソンが開催され、約35,500人のランナーが東京の街を駆け抜けました。

 いまや東京の超人気イベントとなった東京マラソンは、一般参加希望者が28,400人もいてエントリー倍率は約9.6倍の“狭き門”になっており、中には10万円以上の寄付をするチャリティランナーが1,743人もいて過去最多となったそうです。

 6年前の東京マラソンの初回は、友人が都からの依頼でボランティアに駆り出される小さな動きでしたが、6年という短期間でここまで日本中に知名度を持つビッグイベントに急成長したのは、主催者(東京都)の努力以上にランニングという“スポーツブーム”が人々の気持ちを盛り上げている近年の消費者変化の顕著な現れで、東京マラソンのもたらす経済効果は240億円といわれています。

 このようなスポーツブームがどんな市場を形成しているのか、いくつかのスポーツマーケットを覗いてみました。

 

“走り”が生み出す経済効果

 ある調査によるとジョギング・ランニング人口は推計で800万人を超え、この4年間で2倍近くにも増加傾向にあるそうです。たしかに都内でも朝・夜を問わず街中を走る老若男女のランナーを多く見かけますし、出張先の地方都市でも「アレッ?!」と思うほどにランナーに出くわす昨今です。私の感覚では800万人どころかその倍はランナーがいるのではないかと見えるほど私の知人でも熟年ランナーが急増中です。

 “走りブーム”の背景は、用具に要するコストが少なく、場所を選ばず一人で楽しめるお手軽さにあります。よって、メタボに悩むミドル・シニア層が「ちょっと走ってみようか」と気軽に始めたり、女性たちがジョギングファッションに憧れて“美ジョガー”に変身したりと、始める時のハードルの低さが“走りブーム”を生み出しています。指導者につかないと始められないスポーツ、用具にコストがかかるスポーツ、メンバーが必要なスポーツ、場所や設備が必要なスポーツは、始めたくとも敷居が高すぎてきっかけが見つけられない場合が多々あるものですよね。私も過去にいくつものスポーツのコスト・指南役・場所・きっかけというハードルを越えられず断念。「とりあえず走るか!」と多摩川の土手を走っていた数年間がありました。

 

 さて、この“走りブーム”は様々な経済効果をもたらしています。

 まずは、開催地の観光効果です。前述した東京マラソンは日本各地からランナーや観戦客が東京を訪れ、ホテルの稼働率アップ、移動、飲食、相乗りする大小のイベント効果もあって240億円の経済効果をもたらしていますが、海外でも人気のホノルルマラソンは、2011年度の参加者が22,615人でその経済効果は約80億円あり、州の税収は501万ドルあるそうです。このように“走りブーム”に乗ったマラソン大会は、地域のPR効果と経済効果をもたらす“価値ある街イベント”と位置付けられ、東京マラソン成功に触発された地方自治体が都市型市民マラソン大会を新設するようになっています。今年だけでも2、3、4、6、10、11、12月の7ヶ月間に16の大規模な都市マラソンが計画・実施されています。

 2つ目の効果はスポーツメーカーのビジネスチャンスです。これらのマラソン大会は、スポーツメーカーにとっても大きな商機です。ミズノ、アシックス、ナイキ、ゴールドウィン等の各メーカーは大会の公式スポンサーとなって大会開催をバックアップしますが、公式スポンサーになることで企業PR、ウェア・シューズ・コンプレッションウェアの販売強化と特需を生み、ブランド・ロイヤリティを高める有効な手段として、各メーカーは積極的な参加の姿勢を示しています。東京マラソンのスポンサーであるアシックスは、東京マラソンの成功からニューヨークシティマラソンの公式スポンサーに就き、米国での拡販のトリガーとする戦略に打って出るほどで、これらのスポーツメーカーにとっては、“走りブーム”が千載一遇のビジネスチャンスとなっています。

 その結果、いまや多くのランナーにとって必需品になったコンプレッションウェア(筋肉をサポートすることで運動を支援する事ができるスポーツウェア)市場は拡大の一途となり、2011年にはコンプレッションウェアを含む機能性ウェア市場は約312億円規模になっています。またランナー増の中で絶好調なのがランニングシューズ市場で、2010年には464億円の売上が上がり、毎年10%近い増加率となっています。ゴルフクラブやテニスラケットと異なり、シューズはランナーにとって消耗品であるだけに、ブームになるほどリピート率の高さも売上貢献するわけですね。

 ウェア、シューズ以外にもサングラスやランニング測定器、化粧品等々、市場分野は拡大されています。

 

アウトドア市場を押し上げた“山ガール”

 大手企業の会長と会食をした折、「この間すごく驚いたことがあったんだ。休日に日帰り登山をしたら、若い女性から山頂で名前を呼ばれて振り返ると、わが社の若手社員。まさか山で会うとは思わなかったなあ」との話が出ました。ワンゲル部で学生時代に鳴らした山愛好家の会長さんにとってかわいいスカート姿の知り合いの山スカガールとの出会いはかなりドラマチックだった様子で、それを話題に楽しい会食になりました。

 2010年度のアウトドア用品国内出荷数は1,443億円で、前年比106%の実績を上げています。エコブームや健康ブームを背景に、中高年のトレッキングや軽登山への参加者は2000年初め頃から増加傾向にあり、2005年からアウトドア市場も微増傾向にあり、その中高年ブームが一段落したところに、若い女性のアウトドアブームが到来してこの「山ガール」がさらなる市場拡大に大きな役目を果たしてくれています。

 山用スカートやワンピースやショートパンツにレギンスの組み合わせ、カラフルな帽子にザックという各自のセンスで組み合わせるファッショナブルなスタイルが「山ガール」の定番となって、近年山への若い女性進出に伴い各スポーツメーカーや関連メーカーが次々に新商品を開発し、アウトドア商品が華やかにバラエティ豊かに変身しました。その結果、アウトドアショップも狭くて暗い男性的売場からいまでは明るいファッショナブルな売場に大変身しています。「あんなカッコをしたい!」という女性特有のニーズから山へ登り始めた女性たちは日頃のストレスから解放され自然を満喫し、すっかり山の魅力にとりつかれ、本格的な登山にはまる20代、30代の女性たちも出現しているそうで、今や登山人口は約1,300万人、この数年で2.1倍となり、山ガールが増加の主役と言われています。

 先日、休日の早朝に埼玉県の入間方面に出向いた折、60代、70代の軽登山男女グループを大勢見かけました。さすがに山スカにレギンス姿のシニア山ガールはおられませんでしたが、ザックや小物やシューズに“山ガール”がもたらした新商品開発の効果は表れており、若い女性がトリガーになって市場を引っ張っていくパワーを再認識しました。

 

ギャルファー去ってブームは下り坂か?ゴルフ市場の低迷

 2006年頃から“女子ゴルフ”が静かなブームになて伸びてきたゴルフ市場ですが、2010年以降は昨年対比3~4%ダウンで、やや低迷状況に陥っています。2010年の市場規模は2,389億円。2011年度は東日本大震災の影響が出て、さらに市場規模は縮小することが予測されています。

 スポーツ市場拡大の要因は“コスト・指南役の有無・場所・きっかけ”と前述しましたが、“走りブーム”が気軽さの代表例だとしたら、ゴルフは高いハードルの代表例であると言えるのではないでしょうか。そろえなければならないゴルフ道具は安くても数万円、ウェアも安価になったとはいえそこそこ価格でファッショナブルなウェアはやはり高い。指南役は必ず必要。練習するにもコースに出るにしても結構お金もかかる。近頃、2B、3Bあるけれど、4人いないとプレーできない。初心者はコースデビューまで時間がかかる・・・。まさに今の時代にブームになって大型市場を生み出しているランニングや軽登山に対し対極にあるスポーツがゴルフです。2006年ごろに“ギャルファーブーム”がきっかけでゴルフを始めた女性も、不景気の中ではなかなか長続きしなくて、買ったゴルフセットにほこりをかぶせてしまっているのが現状なのでしょう。日本に約1,000万人弱いるといわれるゴルフ人口の約1割弱が女性ゴルファーといわれていますが、不景気が長引くほど女性だけではなく男性を含めたゴルフ人口は縮小傾向となってしまう可能性があると言われています。せっかく女性プレーヤーが増加した市場だけに、このまましぼんでしまうのは残念なマーケットですね。

 2012年春、今後もしかしたら女性によって新しいマーケットが生まれるかもしれないと言われている分野に“釣り”があり「釣りガール」なる言葉もささやかれ始めています。釣りとお手軽スポーツが結びつくか否かはまだまだ動向をみないと判断できませんが、近年のスポーツ市場を覗くと、マーケット拡大の大きなトリガーになっているのは“お手軽さ”“女性の進出”が切り離せない重要な市場形成・市場成長の要因になっていることが明らかです。

 

 

(記:島村 美由紀/不動産フォーラム21 2012年4月号掲載)