日経MJ
東京・兜町「創客」コト始め-高感度な店続々、街の株上げる-
東京・兜町地区は「コト始めのマチ」だ。渋沢栄一がこの地で銀行業を立ち上げた。現在も東京証券取引所が立地する金融街として知られるが、一般人にはなじみが薄いのが実情だった。しかし最近、デザインホテルや人気パティシエが手がけるスイーツ店などが出店し、街の求心力が高まっている。兜町に変化をもたらしたまちづくりの仕掛けを探った。
金融街の趣生かし再開発
兜町地区を東西に横切る永代通り沿いを歩くと、2021年夏に開業した大型複合ビル「KABUTO ONE」が姿を表す。地上15階・地下2階。上層部にオフィス、下層部はレストランなどの店舗ほか、カンファレンスホールや読書を楽しむラウンジが入居する。この地区の再開発における目玉となる施設だ。
施設に入ると、アトリウムにあるキューブ状の大型発光ダイオード(LED)ディスプレー、「the HEART」が目に飛び込んでくる。幅6m、高さ5.5m、奥行3mのオブジェで、天井からつり下げられている。このthe HEARTは多様に表情を変える。赤の時や青の時、バクバクと激しい動きの日やボワーンボワーンと穏やかな日、いずれもリアルタイムの株価や経済情報を表現するLEDの動きで、赤は上昇、青は下落、バクバクやボワーンは1日の値動きの上下幅を表している。名前の通り心臓の鼓動と血液循環をモチーフにした作品で、東証TOPIXや地域のインフラ情報も発信するメディアアートになっている。
施設の1階には3つの飲食店が軒を連ねる。中でも「KABEAT」の個性が際立っている。「生産者を応援する食堂」がコンセプトだ。全国からこだわりと意志を持つ生産者を発掘。その食材を生かして、和やフレンチ、イタリアン、中華など6人の若手料理人がオープンキッチンで腕をふるう。
220席ある店内は、かつての東証のにぎわいをモチーフにしている。東証内で身ぶり手ぶりで株の売買注文を取り次いでいた「場立ち」をイメージした巨大な環状の照明器具「行燈(あんどん)」が天井に5台つり下げられている。カウンター席上にある行燈の内側にはモニターが取り付けられており、店で使う食材の収穫や漁の映像が流れるようになっている。味だけなく視覚でもおいしさを感じることができるしくみだ。
3階にあるのが読書ラウンジ「Book Lounge Kable」だ。入場料制で、ビジネスや金融関連の書籍を中心に2,200冊をそろえる。木と緑を使ったナチュラルデザインの空間は居心地が良い。ミーティングにも使うことができ、軽食もとれるようになっている。
KABUTO ONEの開発を手がけた平和不動産・開発推進部の伊勢谷俊光課長は「我々は兜町の新しい顧客を作り出す『創客』を目指している。創客のため、すでに強い顧客基盤を持つショップや、そうした店のキーマンとなる人物を兜町に集めてきた。こうした店を目的に兜町に足を運んでもらう」のがねらいだ。
平和不動産は兜町地区の開発を手がけてきた。20年には銀行跡地である歴史的建造物の内部をリノベーションし、デザインホテル(20客室)とレストラン、ビアホールなどで構成する複合ビルを開業した。この施設を皮切りに、域内のビル低層部や路地裏にスイーツ店やビールスタンド、ベーカリー、観葉植物などをそろえるグリーンショップといった20を超える店舗を誘致してきた。
「街と店が共鳴し合い価値ある雰囲気を生み出すように、店舗の外装はこちらからテナントに提案する」と伊勢谷氏は言う。既存の古い建築物を生かすデザインを考え、かつての機能を残しつつリノベーションする。
また道路との境界線を後退させるセットバックを通じて広場やテラスをつくり、歩行者にゆとりを提供する。木造ハイブリッドビル「KITOKI」を22年に開業するなどサスティナブル(持続可能性)への配慮もかかさない。
1878年に東証の前身となる東京株式取引所が誕生して以来、兜町は世界屈指の金融街として栄えてきた。高度成長期には国内の9割の証券会社が軒を連ねていた。しかし1980年代以降は場立ちなどを通じた立会取引がコンピューター取引に移行。街からは証券会社が減り、活気も失われてきた。そうした中で近年、平和不動産が街づくりに力を入れてきた。
金融関連スタートアップ向けオフィス「FinGATE」の開発を担当する同社ビルディング事業部の中嶋萌絵氏は「かつては背広姿の年配男性ばかりだった街に、カジュアルでスタイリッシュな若いワーカーが増えた。おしゃれな女性や大人カップルも遊びに来るなど、街の雰囲気も明るくなった」と話す。
感度のよいレストランやバー、カフェなどの充実で、働く人のウェルビーイング(よろこび)が高まっている点については、海外の進出企業からも評されている。
街づくりのドラマは終わらない。25年には米系ホテルチェーンが新業態「キャプションby Hyatt」で出店する予定だ。高感度な街づくりの進化に注目したい。
(記:島村 美由紀/日経MJ「デザイン面」 2022年(令和4年)12月21日(水)掲載)