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2022.03.14

販売士

“別れ際“をクローズアップする

  

 世界的なコロナ感染拡大により日常が制限され私たちの生活も変化しました。繰り返される日常はいつも通りの過ごし方でも、1年前は?2年前は?と自分の暮らし方を思い出してみると時間の使い方や意識が大きく違ってきたことに気付きます。

 

 小売りの世界では、コロナ化でネットショッピングが急激に拡大しリアルショップの存在意義が問われ始めています。専門誌等では「リアルショップに求められる魅力はコト体験やトキ消費エンターテインメント性だ」と書かれていたり、「次世代型ショップはコミュニティとサスティナビリティだ」と提案されていたりします。

 

 どれもなるほどとは思いますが、いざどうやるのかを考えるとなかなか難題です。
 「リアルショップだけが持っている魅力とは何か」コロナが長引くほどに重要なテーマになってきますね。

 
 

●「またこの人に会いたい」の気持ち
 仕事柄リアルショップでの買物を重視しています。買物をする都度感じることですが、接客を受けて気に入った品がなかったり持ち合わせが無く買わずにその場を立ち去る時、接客が丁寧なほどに気まずく申し訳ない感情もあり苦手な一瞬になります。

 
 ところが先日、この苦手な一瞬をとても爽やかな一瞬に変えてくれる素敵な接客を受けました。銀座の老舗店がリニューアルをしたので、久しぶりに足を運びました。流石の美しい改装で楽しく店内を巡りました。アクセサリーコーナーのショーケースを覗いていると50代のベテラン店員さんが話しかけてきます。
 

 ケースの中は作家によるハンドメイド商品でどれも美しいものばかり。店員さんはその中でも私が目を付けた商品をケースから取り出してくれ、その作家の作品特徴やものづくりのこだわり等をお話してくれます。私も質問をしたりして楽しい会話でした。商品は2万円程度の物でしたが店のリニューアルを見に行った私には購入意欲はなく、熱心に語ってくれた申し訳なさで「もう少し他も見たいので、またにしますね」と告げた時、その店員さんは「この〇〇という作家さんは繊細な素材の扱い方が特徴で美しい物を作る人です。お客様、是非お心に留めておいていただき、思い出して下さいませ。」と私に言ってくれました。
 とても清らかで澄んだ言葉と声のトーンに感動し忘れられない体験となり「またこの人に会いたいな」と思いました。
 
 後日、その老舗の関係者と話をする機会があったのですが、リニューアルに伴って老舗の格式の高さを大切にしつつ時代変化の中でインバウンドや若年層も含めた新しい客層に対しリアルショップができる新たなスタイルでのコミュニケーションを考えようと、社内でさまざまな勉強会を開いたそうです。その結果が前述の体験となったか否かはわかりませんが、リニューアルと勉強会は店の意識を変えるきっかけになった事はたしかでしょう。
 
 

●記憶に残る“別れ際“
 過去にいくつかの印象深い別れ際の体験をしました。
 
 地方の宝石店をフラリと覗いた時のこと、30代後半の男性スタッフが接客をしてくれました。海外ブランドの商品がそろうその店では美しいハイジュエリーが複数あり目と心を楽しませてくれましたが、この男性スタッフがブランドや加工方法に知識があり、興味深い話題で楽しい会話ができました。帰り際「久しぶりにお客様との面白い会話ができ僕は勉強になりました。ありがとうございます。」と私を見送ってくれました。お世辞かもしれませんが嬉しい気持ちになりました。
 
 イタリア旅行でミラノのAデザイナーブティックに立ち寄りました。私の主人はスーツを買う気満々で試着をしましたが残念ながら柄とサイズがうまく合わず買物は出来ませんでした。帰る私たちを見送るスタッフが「これがAデザイナーのスタイルです」とブティックの入り口でそのスーツ姿を自信満々にカッコよくポージングして見せてくれました。まるでファッション雑誌のグラビアのようなシーンが今でも思い出されるほどの印象深いプレゼンテーションでした。

 
 

●足元からつくるリアルショップの魅力
 リアルショップで物を買う楽しみは店や物との出会いだけではなく接客を通した人との出会いも大切なポイントです。前述した「次世代型ショップはコミュニティとサスティナビリティ」のコミュニティはこの事を示しているのだと思いますが、声掛けの方法や商品の紹介、おすすめ方法についてはさまざまな指導や提案がなされています。

 
 しかし意外と見落とされている「別れ際のコミュニケーション」が実はお客様の心に刺さり「またこの店に行こう」「またこの人に会いたい」と強く印象付ける一瞬になるのではないでしょうか。買物をした時のお見送りはショッパーを手渡しながら「ありがとうございました」と言いやすく別れのテーマがはっきりしています。
 
 お客様も買物できた満足感から店を後にしますが、前述のエピソードのように十分な接客をしたのに購入には至らなかった場合のお客様との別れはテーマがないだけに難しいシーンです。お客様も買わなくて申し訳ないと気が引けているところもあるでしょう。ここでその店なりの、その人なりの別れ際を演出できるとお客様にとっては何事にも代えられない好印象が残り、店への信頼が生まれます。
 
 新時代におけるにリアルショップの魅力づくりは大上段に構えると難問ですが、実はこんな足元から始まる事の積み重ねがリアルショップの価値の大切な要素となるのではないでしょうか。

 
 

(記:島村 美由紀/販売士 第44号(令和4年3月10日発行)女性視点の店づくり㉙掲載掲載)