不動産フォーラム21
今日も元気!川崎のウェルカムバード
開業から30年経過する川崎駅前地下街「アゼリア」をリニューアルしています。まず、第Ⅰ期を7月末に開業させましたが、このプロジェクトでとても興味深い出来事をお話しいたします。
7月末に開業した「デリチカ」は「すり地食物販ゾーンですが、同時に「ハミングガーデン」という広場も作りました。近年の商業施設では売場ばかりではなくお客様が寛げるお休み処を設置するのが集客ポイントになるからです。この施設は駅前という公共的特性もあるため広場も50名が座るという大規模なものになりました。平凡なお休み処ではつまりませんから、家具デザイナーやフラワーアーティストによるデザインとストーリーのある個性的な展開にしてみたのです。でも東京駅の銀の鈴や渋谷のハチ公のように個別名称で呼ばれる待ち合わせ場所にしたいという思いからシンボル的な何かを考え、苔玉で作成した大きな鳥“ハピネスバード”を置き、「アゼリアの鳥のところで待ち合わせ」と言ってもらえるような仕掛けにしました。また地上から地下街に至る大階段や4基のエスカレーター部分にも広場につながるストーリーで環境をデザインしました。
開業前夜、仮囲いを外したハミングガーデンを見て「この広場がいつまで保てるだろうか。ハピネスバードはすぐにさわられて苔が剥がされるかも。小さな緑のプランターは盗まれるかも。」という不安が関係者全員の頭をよぎりました。そのぐらいヒューマンスケールな広場のデザインが形づくられていたのです。デザイナーが準備の最後に「このハピネスバードのミニチュア版の小鳥をどこに置きましょうか?」と私に聞いてきたので「大階段 エスカレーター部分の安全な所に」と伝えました。
そして翌日のプレオープン当日、早朝の現場に入ってびっくり。例の小鳥が地下街入口のエスカレーターの脇の誰でもが触れられる場所にまるで「こんにちは!ようこそ!!」とお客様を出迎えするように設置されているのです。「すごーくカワイイけど危ない。すぐに壊されるかも。何日もつだろうか・・・」デザイナーのシャレに感心したもののまず3日間もつだろうかと思いながら小鳥を“ウェルカムバード”と名付けました。
さて、開業から10日が経ちました。ハミングガーデンは朝から大賑わいです。50席ある椅子はすべて満席。懸念していた苔玉の鳥も元気。プランターも何ら問題なし。関係者の不安は吹っ飛びました。逆に鳥を背景に写メする人たちが大勢いて、ツイッターにアップされています。
店舗の繁盛以上に広場が繁盛しているのは企画者としてうれしい限りですが、街の中心に広場を構えるということは多様な状況が起こるものだと思いました。ペット同伴の人が来ます。広場ではありますが地下街なのでペットは想定していなかったのですが抱きかかえたり犬用バギーに乗せたりと、広場を散歩コース化しているようです。中学生や高校生が友達との勉強会を開いています。人混みでにぎやかな空間なのですが集中できるのかな?保険会社社員がお客様との契約交渉をしています。さすがにこれは中止してもらいました。外回りの営業マンらしきビジネスマンがPCを開いて何やら仕事をしています。外国人がまさに集いの場にしているらしく6~7人でミーティングを開いています。何について話し合っているのでしょうか。若い男女のグループで楽しそうでした。
予想外だったのは、老若男女の利用を想定していたのですが、10時閉店と同時に広場を目指して来場され日中寛がれている人たちの過半は60代以上の熟年層。男性が一人で新聞を読みに、女性は2~3人でおしゃべりに、まさに街のサロンとなっています。
ひとつ対応苦慮するのは飲食についてです。商業施設内のお休み処ですから飲み物だけはOKにしたのですが、弁当、お菓子、アイスクリームと物を食べる人が後を絶ちません。貼り紙をしていますが見かけると警備員が注意をします。そこで意外なことに若い人はすぐに「スミマセン!」とあやまって食事を中断してくれますが、年齢が上がるにしたがって警備員の注意を無視したり、食ってかかったりと大変です。大人になるほど思慮分別はつくものと思っていましたが逆ですね。
50席の広場ではありますが、いろいろな街の中の人々の寛ぎシーンが展開され、広場が存在することの大切さを再確認しました。
そして、私が最も感動したのは、地下街入口で「こんにちは!」を言っているウェルカムバードくんはキズひとつなく今日も元気なことです。大小の鳥のシンボルや広場の設えの美しいままで保たれている姿に、デザインとストーリーで環境を作り込み清潔を保てば、人々はそのあり方を美しいまま受け入れ守ってくれるものだとつくづく感心しました。
(記:島村 美由紀/不動産フォーラム21 2015年9月号掲載)