販売革新
リラックス、バラエティ、館の鮮度-コロナ禍で見えたネクストバリュー-
コロナ体験の消費者が目指す“ウェルビーイングな暮らし”
新型コロナウィルスの感染拡大状況が長く続き、ワクチン接種が急がれる今、感染を意識する生活が常態化している。人々は従来の暮らし方や働き方、人との交流などの仕切り直しを求められた結果、便利さ、快適性、幸福感など自分たちの暮らし感覚の再考をし始め、新たな生活価値を求め出している。
人々が目指す新たな生活価値とは何だろうか?
コロナによって健康を考え、自粛生活の中で余裕時間の楽しみ方を工夫し、家族や友人との関係性を見直し、生活環境を整え、仕事のやり方を整理し、何より“無理をしない自分らしい人生時間の楽しみ方”に気付き、シフトチェンジをする人々の姿がそこにある。ひと言で表わせば「ウェルビーイング(well being)な暮らし」への気付きである。
このような消費者マインドを受け止め、商業視点から鏡のように売場に映し出す役割が商業施設だが、コロナによって客足は減少し、苦戦を強いられ、大方の商業施設が2019年、2020年と連続して売上を落としている。
実は、商業施設の減速はコロナが原因ではなく、数年前からその勢いに陰りが出始めていた。大きな原因は言うまでもなく人口減少や消費者のファッション離れで、従来の商業施設の主力構成カテゴリーであるアパレルの売上減少傾向は4~5年前から始まっていた。
また、リアルショップからECへの購入ステージ移行が高まり、2020年度では物販系分野のEC化率は8.08%(12兆2,333億円)の市場規模になっている。全国の商業施設総売上高は2018年32兆6,595億円から2019年31兆9,694億円とコロナ前時点ですでに2.1%の減少に転じていた。
私の考える商業施設低迷原因は、商業施設成熟期であるこの15年間に、効率重視の施設開発・運営による消費者の“心離れ”が起こっていたのではないかと推測している。1980年代から総売上高・館数を伸ばし続けてきた商業施設は、テナントとの定期借家契約の普及から立地や商圏に優位性を持つ館が中心となり、売上至上主義的な効率重視の開発と運営姿勢に変わっていった。
新規商業施設に人々の注目が集まるため、賃料が高水準のテナント選択と売上重視の館運営が当たり前となり、挑戦や冒険という未知なる世界や無駄や不揃いという情緒性が排除された。さらに、商業施設大型化が2000年代に顕著となり、出店可能なテナントの画一化が始まった。
また、建築や空間デザインにおいてもコスパ重視となり、全国的に特徴のない建築物や、店舗が均一的に並ぶモール空間が一般的となり、ストレスフリーで快適な環境ではあるものの“ここでしか体験できない館の個性”は薄らいでいった。優等生的商業施設は全国に増えたが、アイデンティティ(固有性)を持つ館はなくなってしまったのだ。
前述したように、人々は“無理をしない自分らしい人生時間を楽しむ、ウェルビーイングな暮らし”にマインドシフトしている。とすると、従来型の商業施設で
①ファッショ比率が高い商業施設
②大規模商業施設
③店舗集積が厚すぎ、隙間や余裕のない商業施設
といった過去に集客パワーがあると評された施設は、これから人々の支持を集めることは難しくなるのではないだろうか。
アフターコロナ時代に魅力を発揮する商業3要素
ウェルビーイング感覚の消費者が、これからの時代に評価する商業施設のポイントは何か?
筆頭に挙がるのは“リラックス環境”だ。それも公園的環境に人々は引かれ、屋外広場でくつろぐ来館者が今でも多くいる。緑・光・風を体感できる快適な広場に集まり、子どもを遊ばせ語らう姿がある。
広場があってもヒューマンスケールな規模や演出がない場に人影は生まれない。屋内では明るいお休みどころに人が集まりやすい。ポイントはソファなどの配置だけではなく、往来する人の目線から外れ、空間に姿が溶け込めるような“居心地良いお休みどころ”である。
また、カフェの存在も重要だ。コロナ禍で書斎代り、勉強部屋代り、リビング代りのニーズを受けて“サードプレイス”としての人気が高まっているが、アフターコロナ時代でもこの傾向は定番化するはずだ。気の利いたカフェを複数店誘致している商業施設は強い。公園的広場、居心地良いお休みどころ、カフェ、どれも商業施設が、これから必須で人々に提供するリラックス環境である。
次の要素は「食のバラエティー」である。コロナ禍では巣ごもり生活で万人共通の関心が食へ向かった。プチぜいたくな食、珍しい食、こだわりの食など平常時の外出費が抑えられた分をグルメ消費にあてる傾向となった。
大方の郊外型商業施設には生鮮三品が揃う食品スーパーが出店しているが、これにグルメ専門店の集積がある商業施設に集客の強さが見受けられた。グロサリー、デリカデッセン、パン、和洋スイーツ、酒類、チョコレート、日本茶・紅茶・コーヒー豆、地産食材、スナック菓子、製菓・製パン材料などの専門店である。
2000年代に商業施設への食の専門店出店が加速し、今ではデパ地下とは一線を画す“手頃で面白みのある食のバラエティMD”として人々のお楽しみ領域に成長している。
このバラエティ領域は、老若男女、全てのお客の心を捉え、目的がなくてものぞき見気分をおこさせ「おいしそう」「珍しい」「試してみよう」という衝動買い、ついで買いを誘発する。この強みがコロナ禍で大いに効果を発揮し、商業施設に出掛けるきっかけになった。
シニア男性がワインショップで店員と談笑していたり、若いカップルがグロサリー店を珍しそうにのぞいていたり、食品スーパーだけでは拾い切れない“食の娯楽性”を専門店がキャッチアップする場面を多く確認できる。
また、このバラエティ感は館の雰囲気づくりにも役立ち、「色々な店がたくさんあって楽しそう」という期待感も生み出している。コロナ禍で定着した食の領域は、アフターコロナ時代にさらなる消費者の支持を集めるだろう。
最後に重要な要素として「館の感度」を挙げる。人々が身近にある、なじみの商業施設に出掛ける時、必需品の購入だけであれば、近さ、ワンストップショッピングなどの利便性を重視するが、気分転換としての選択では晴れやかさや華やかさのハレ気分を満たす場の選択となるはずだ。
そこでポイントとなるのは“商業施設の感度感”だ。ファッション、雑貨、飲食などのテナントの程よいトレンド性や新鮮さ、カテゴリーのバリエーションというMD力が問われるところだ。
特に近年は従来必需品と呼ばれていた日常領域MDが消費の成熟化に応えてカテゴリーが増えるばかりでなく、商品バリエーションも豊かになった。“ちょっとした特別”や“ちょっとしたお楽しみ”という嗜好品領域への深みを増した商品や専門業態が誕生し、時代ニーズ対応した“新日常のライフマーケット”の充実が実現できるようになっている。(図表)
ごく日常の暮らしであっても質を求める消費者に応えられる品揃え、店揃えの深さも「館の感度」を表わすバロメーターであろう。
さらに館全体のデザイン性、日頃の情報発信(広告やイベント・販促)のクオリティが複合して好感度イメージのブランディングが成立しているかがポイントである。特に「館の感度」は女性や若年層への重要な決め手になってくる。
意志があってのアキ区画が通用する業界常識に変わる
コロナ禍が人々の暮らし意識を大きく変えたことで商業施設も転換期を迎え、従来にはない新発想と新常識で施設の在り方を再構築する時がきている。アフターコロナ時代にクローズアップされるであろういくつかの事柄について述べてみよう。
1点目は「商業立地の優位性の変化」である。従来は都心の駅立地の優位性がナンバーワンと評されてきた。この評価に大きな変化はないだろうが、公共交通機関の延伸や乗り入れにより駅の地下化・駅の地上化や動線の複雑化によって、乗降客と商業施設の接点が薄くなるケースが生じ、都心駅立地ゆえに集客力があるという構図は必ずしも成立しなくなる。
さらにウェルビーイングな暮らし方では通勤通学人口が都心に集中するわけではなくなり、快適性を求めれば、都心の混雑ショッピングからECや“ご近所楽ちんショッピング”にシフトする消費者も生まれている。都心駅立地が不動のナンバーワン存在であるのは、コロナ前までの評価となるだろう。
代わって商業立地として注目されるのは“際エリア”であろう。際エリアとは都心と郊外のエッジであり、住宅地がそこから広がる境目エリアのことで、際エリアに立地する中規模(売場面積5,000坪前後)商業施設の支持が高まってくる。生鮮三品中心の食物販、ベーカリーや生花店、生活雑貨、ドラッグ、クリニック、ヘルス&ビューティ、教室、書店、フードコート、カフェなどの構成で、まさに「生活充実型MD」のコンパクト集積である。生活時間を街の中で満たしてくれる機能と空間を持った居心地の良い商業施設だ。
わざわざ行く非日常の大型商業施設に対し、家に近く、親しみを持てて、「街の中で暮らす」受け皿となる小ぢんまりした商業施設が評価されるのは、消費者の内面の生き方を充実させるかどうかという、コロナ禍がもたらした生活価値観変化の証であろう。
クローズアップされる2点目は「アキ区画に対する常識変化」である。
長引くコロナ禍で各商業施設は、テナントの相次ぐ退店とアキ区画への新テナント誘致に苦戦している。都心一等地の商業施設でさえ退店のためのアキ区画が生じている。
また新規開業がコロナ禍と重なってしまった商業施設では、開業前のテナント誘致が進まずに全テナントを一勢に集めた従来のグランドオープンではなく、アキ区画はあっても正式開業の意味のグランドオープンをした後、徐々にアキ区画にテナントを埋めていく自然なオープン形体を取る施設がでてきた。従来は「アキ区画があるのはみっともない。売れない施設だと恥をさらしているようなもの」という業界感覚は強く、新規開業時でも通常営業時でもアキ区画がないようテナント交渉を進めてきた。
その結果、全体MDにミスマッチのテナントを入店させたり、賃料を譲歩したりと施設にとっては負の側面が生じた。しかし、コロナ禍でやむを得ずアキ区画を容認すると、意外にもみっともないと思っていたアキ区画を来館客は気にもしていない事実を知ることになり、「納得いくテナントを誘致できるまでアキ区画を上手にカバーしよう」という考えに変わり、販促スペースやお休みどころ、仮囲いのデザイン化など積極的な施策がなされるように変化してきている。
これからは「意志があってのアキ区画」が通用する業界常識になるだろう。
商業施設は世相や流行など消費者感覚への呼応が必要
3点目は「賃料体系の多様化」である。商業施設が右肩上がりに売上を伸ばしていた今までは、定期賃貸借契約を基本とし、最低保証賃料+売上歩合賃料がこの20年間で主流となっている。しかし前述したように衣料品の不振やEC台頭などにより、どの業種からも新規業態開発は生まれにくく、従来枠の中では出店事業者数は低調化が当面続くことが予想される。
しかし逆に視点を変えて、商業施設に新たなビジネスチャンスを発見する新事業者が出始めた。「車のショールーム」や「コインランドリー」がその一例で、幹線道路沿いや住宅地に立地していたステージを集客力ある商業施設に変えることで、新たな客層発掘を狙った出店を計画している。このような出店者には固定賃料を適用し、商業施設側は安定収入確保につなげられるはずだ。
さらに新しい試みとして商業施設出店を店舗+生産拠点として捉え、ダブルビジネスを展開する事業者が現れ始めた。主に食関連事業者だが、例えば厨房併設型のスイーツショップでは近隣他所の販売店で売るための菓子類もこの厨房で作り、運ぶことによって場の有効活用となり、ビジネス活性化を計画する。施設側は工場化部分を最低保証賃料に加算設定し、テナントのダブルビジネスを認めることで互いの安定を得るというモデルだ。スイーツショップや惣菜店、飲食店やベーカリーなどでトライアルが始まっている。
近頃はOMO型テナントを固定賃料で受け入れる商業施設も増えてきたが、出店事業者がコロナ禍前のように潤沢にいるわけではない商業施設において、不動産事業としての賃料体系の柔軟性を持って幅広に出店者対応をしていくことが、これからは必要になってくるであろう。
世の中の激変速度は早まる一方で、将来を予測することは難しい。しかしコロナ禍というパンデミックにより、人々の生活感覚や人生価値観は確実に変わっている。商業施設は時代、世相、流行など消費者感覚にいち早く呼応しなければ生き残れない都市機能の一つだからこそ、今の動きをつかみ、明日につなげていくパワーがアフターコロナ時代には強く望まれる。
(記:島村 美由紀/販売革新 2021年10月号掲載)