日経MJ
街の環境がアトレ四谷の個性を生む-30周年を迎えたアトレ1号店-
首都圏で展開される駅ビル「アトレ」は25駅にあり、東京在住の人々には馴染みの商業施設だ。衣・食・住・美のバラエティある店舗群としゃれた環境づくりが若者や女性客に人気がある。このアトレの第1号店「アトレ四谷」が今年9月、開業から30年を迎えた。
階段・照明が演出 美術館並み高貴さ
高層ビルが林立する東京の景色はどこも過密で息苦しさを感じるが、東京のど真ん中にある東京都千代田区の四ッ谷駅周辺には緑のフレームに飾られた大空を仰げる開かれた大空間がある。1894年(明治27年)、濠(ごう)の水を抜きJR中央線を開通させ四ッ谷駅を設置。濠の南面は上智大学のグラウンドとした江戸城外堀が四谷に大空間をもたらした。さらに四谷は赤坂迎賓館、聖イグナチオ教会、複数の有名私立学校が集まる文教地区という特性が落ちついた街並みを長く維持している。
この良質な環境の街に「アトレ四谷」は駅ビルとして1990年9月にオープンした。アトレの歴史は30年も前にこの四谷の館からスタートした。私たちに馴染みあるアトレは「アトレ恵比寿」を代表とする中規模商業施設だが、「アトレ四谷」は3層で売り場面が2,896㎡と超小規模だ。
実は「アトレ四谷」には開発秘話がある。
1987年4月、国鉄民営化の直前に四ッ谷駅上部に架かる四谷見附橋の架け替え工事に伴うJR四ッ谷駅改装と駅ビル新設が決定した。旧四谷見附橋(1913年竣工)は赤坂離宮(現赤坂迎賓館)との調和を図るネオ・バロック様式で設計されおり、この架け替え工事でもデザインを継承して高欄や橋灯は旧橋のものを再利用して大正からの優美な姿を守ることが尊重された。
また、駅ビル建設用地は都市公園緑地内であり、風致地区でもあったため高層建築物は厳禁で、館の外観デザインに対し迎賓館や教育施設があるエリアの特性を重視して、仕上げ材から色・看板サイズまで行政の指導のもとに設計された。
その結果、他のアトレとは一線を画した品格とシックさを追求した「アトレ四谷」が誕生した。30年が経過した現在でも広々とした都市空間の中で、大正時代に設置された四谷見附橋の橋灯と相まって、美術館のようなノーブル(高貴)な存在感を街に醸し出している。
「アトレ四谷」は2階10店舗がメインフロア(新宿通りに接続)にあり、3階9店舗が回廊ごしに中央の吹き抜けを囲んでいる。この2つの層をつなぐのは吹き抜け正面にあるシンボリックな階段で、開業以来「アトレ四谷」のアイコンとなり、多くの来館者に親しまれてきた。
また、吹き抜け天井からつり下げられたクラッシックデザインの3器の照明も開業時から館内を照らし続けている。外観同様に館内インテリアもシックな品の良さを表していて、趣ある商業空間をつくっている。この商業施設として類を見ない、価値ある空間がテナントの見え方をイメージアップに導き、19店舗がどれも魅力的な店舗として輝いている。
女性目線の店充実 都市景観楽しむ場
「アトレ1号店として後続のアトレに引き継ぐレガシーは、五感で感じる環境空間で緑・光・香・音により快いリラックス環境をコンセプトにしている点だ。この感覚は恵比寿店(1997年開業)にも最新店の竹芝店(今年8月開業)にも受け継がれ、緑や光や自然をふんだんに取り入れた館づくりをおこなっている」と渡邊龍一郎店長は語る。
空間の良さだけではなく、館内は都市生活者に使い勝手の良い店舗群で構成されている。おいしいブーランジェリーに一人ごはんに対応したイートイン機能がある複数のデリカテッセンにグルメストア…。上質なカフェも複数店あり、目的に応じて使い分けができる。急ぎのひとりランチでも、ビジネスのランチミーティングでも、弁当等のテイクアウトやお土産品の買い場としても多様な使い勝手が用意されている。化粧品店に雑貨屋、美容院やネイルサロンもあり来館の9割が女性客だ。
この9月にドラッグストアが出店したので若い女性からマダムまで幅広い女性の利便や快適ニーズに対応できるテナント構成はより充実型となった。コンパクトサイズ商業施設だが、30年という時間が無駄のない女性ニーズへの対応力をつくり出している。
ブーランジェリーのテラス席でお茶を飲みながら100年前につくられた四谷見附の緑と空とクラッシックな橋灯という都市景観を味わうのは、この場所ならではのぜいたくな楽しみ方だ。
(記:島村 美由紀/日経MJ「デザイン面」 2020年(令和2年)9月16日(水)掲載)